第29話 ダルーマ神殿


ダルーマ神殿へ行くのにはブリンデル市の西門から出発する駅馬車を利用した。

考えてみれば、この世界に来てから城壁の外へ出るのは初めてのことだ。

新しい冒険の予感に少しワクワクしている。

天気は晴れていたし、僕の隣にはノイマ先輩が座っているのだ。

ちょっとくらい浮かれても罰は当たらないだろう?


「壁の向こうは農業地帯ですね。お、牛がたくさんいる!」

「コウガ君は子どもみたいっスね。牛を見てはしゃぐなんて」


 先輩が僕を見てほほ笑んでいる。

 今日もかわいいなあ。

 でも、少しは気を引き締めないといけないな。

 こんなところまでスラッシャーが追いかけてくるとは思えないけど、街道には追い剝ぎも出没するそうだ。

 いざというときは役に立って頼りがいのあるところをアピールしたい。

 そんなふうに考えていたけど、街道で事件は起こらなかった。


 馬車に揺られること二時間。

 お尻がすっかり痛くなったころ、ようやく目的地に到着した。

 目的地と言っても周囲は林で、小さな看板があるだけの場所だ。


『ダルーマ神殿は↓ 2キロ』


 ここからさらに三十分ほど丘を登らなくてはならないようである。


「はあ、気が重くなってきたっス……」


 馬車では笑顔も見せていた先輩だったけどダルーマ神殿が近づくにつれ表情が硬くなってきた。

 きっとまた呪いのことを心配しているのだろう。


「大丈夫ですよ、先輩。ダルーマ神殿には高位の女神官たちが暮らしているのでしょう? 呪いのアイテムに憑りつかれるなんてことはありませんから」

「そうだといいっスが……」


 先輩は坂の上を見て大きなため息をついた。

 長い急坂の上には堅牢そうなダルーマ神殿が見えている。

 高い石壁に囲まれたそこは、神殿というよりは監獄といった風情だ。

ある意味でその感覚は正解なのかもしれない。

ここは、持ち出し禁止の危険なアイテムを閉じ込めておく監獄に他ならないのだろう。


 通用門で呼びかけると小さな窓が開いた。

 応対してくれたのは年をとった陰気な女神官だ。


「実録タックルズの記者でプラットと申します。本日は取材を許可してくださいましてありがとうございます」

「……お入りください。ですが、そちらの男性は外でお待ちを。ダルーマ神殿は男子禁制ですので」


 敵意のこもった目で睨まれてしまった。

 よほどの男嫌いのようである。

 だが、中に入れないのは初めからわかっていた。

 暇つぶしに実録タックルズのバックナンバーを持ってきているので退屈することはないだろう。


「ここで待っていますので、先輩だけ行ってきてください」

「女神官たちを覗こうとして、忍び込んじゃだめっスよ」

「自分はそんなスケベじゃありませんよ」

「どうだか」


 先輩は僕が持っている雑誌を指さす。

 表紙には大きなフォントでこう書かれていた。


『疾風怒濤⁉ 突いて、突いて、突きまくれ! ダンジョンでもベッドでも役立つ身体強化』


「これは記者として勉強のために読むんです!」

「信じられないっス。本当は私を突きまくりたいんじゃないんスか?」


 そ、それは……、もちろんそうに決まっているけど……。


「冗談っス。コウガ君はここで待っているっス」


 先輩が中へ入ると、僕の目の前で扉は音を立てて閉まり、ガチャリと鍵がかけられた。

 そんなに拒絶しなくても、わざわざ入りたいとは思わないのにな。

 入り口のすぐ横には看板がたっている。


 ダルーマ神殿のご案内


 ダルーマ神殿は創建より五百年ずっと男子禁制を貫いております。たとえ大神官長猊下や国王陛下であってもそれは変わりありません。男性の入殿は固くお断りいたしております。

ダルーマ神殿は呪われたアイテムの収容場所としても名を知られております。特別な保管庫と神聖魔法に通じた女神官たちがそれらを管理しております。

ガーンの鬼鎧、魔剣ソザック、妖刀ムラサメ、悪魔デヒュールの尾、クサツメの呪術人形など、世に知られた呪いのアイテムが多数収容される危険な場所でもあります。

 呪いは心身に重篤な損傷を与えます。精神と肉体が耐えられなければ死に至る恐ろしいものです。軽々に立ち入らないよう、お願いします。


ダルーマ神殿


 

 これを読んでなお、中に入りたがる男はいないだろう。

 神殿の壁にもたれかかって座り、僕は実録タックルズを広げた。

 読むのは『呪われた武器シリーズ第二弾 冥王の兜』である。

 冥王の兜は透明マントなどと同じで、装備者の姿が見えなくなるマジックアイテムだ。

 伝説の義賊パルーノが所持していたが彼の死後は行方が分からなくなっているそうだ。

 パルーノはダンジョン探索や窃盗に冥王の兜を役立てて、かなりの財産を築いたらしい。

 自分の姿が見えなければ討伐や泥棒も楽だろうな。

 しかも、パルーノはスケベな性格をしていたので、後宮に忍び込んだり、有名女優の部屋を覗いていたりもしていたそうだ。

 そういったことは全部、死後に見つかったパルーノの日記が明らかにしている。

 王女様やお姫様の入浴やベッドシーンを観察して楽しんでいたというからびっくりだ。

 下手を打てば公開処刑ものだよ。

 だけど、人生はそう甘くない。

 冥王の兜はやはり呪われたアイテムであり、その呪いは徐々にパルーノの精神を蝕んでいった。

 冥王の呪いとは、己の意思に反して、自分の愛する人や物を捨ててしまうというものだったのだ。

「嫌だ! せっかく手に入れた金貨を捨てたくない! これ以上はやめてくれ!」

 日記にはパルーノの苦しい胸の内が書かれている。

 パルーノは苦労して手に入れた財宝を人ごみの中に出向いてはまき散らしていそうだ。

 そうやって定期的に金をばらまいて晩年は一文無しになっている。

 彼は義賊として知られているけど義侠心など持っておらず、呪いのせいで金をばらまいていたに過ぎないことが後の研究で分かっている。

 やっぱり呪いのアイテムなんて装備するべきじゃないな。

 自分の姿が消せれば便利だろうけど、かわりに愛するものを捨てるんじゃ割に合わない。

 例えば僕がノイマ先輩と結ばれたとして、その生活を捨てるわけでしょう?

 とてもじゃないけどやっていられないよ!

 目先の欲望に釣られて呪いのアイテムを使うことはやめよう、そう心に固く誓った。


 パラパラと雑誌をめくっていた僕の耳に微かな叫び声が聞こえた気がした。

 気のせいだろうか?

 いや、声は複数でダルーマ神殿の中から聞こえてくるぞ。


「ちょっ、やめるっス!」


 今聞こえたのはノイマ先輩の声だ。

 きっと何かあったのだろう。

 まさか、スラッシャー?

 それとも別の危機か……。

 僕はダルーマ神殿の高い壁を見つめた。

 五百年の間、男が入ったことのない神殿か……。

 躊躇いはあるけど、ノイマ先輩の安全には代えられない。

とりあえず様子を見に行かなければ。

 その場でジャケットを脱ぎ捨てて覆面をかぶった。

 

「煩悩即菩提」


ロープの先にクナイを結びつけると、僕はそれを壁の上へと投げた。

クナイは壁の凹凸に引っかかり、ロープはピーンと張っている。

男子禁制の神殿がなんぼのもんじゃい!

僕は壁に足をかけ潜入を開始した。

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