第25話 人身売買


早朝の修業は続いていた。

アンナ・ページさんが治療費をくれたおかげで僕の体は元通りだ。

初めて治癒魔法を体験したけど、あれはすごいね。

瞬く間に体中の傷がいえて、痛みもすっと消えてしまったもん。

コテンパンにやられてしまったけど、ページさんと手合わせしたことに後悔は全くない。それどころか、立ち合ってもらって本当によかったと思っている。

Mじゃないよ!

そうではなくて、あの日から僕のステータスに目覚ましい変化があったからだ。


体術:レベル6 縄抜け:レベル2 手裏剣:レベル4 隠形術:レベル14


 ずっと停滞気味だったけど、体術のレベルが2,手裏剣のレベルが1も上昇した。

 それだけじゃない、なんと新しいスキルまで発現したのだ。

 スキル名は水蜘蛛。

 アメンボみたいに水の上を歩く術である。

日本の忍者は木製の輪を使って水上を歩いたみたいだけど、僕の水蜘蛛は魔力を使用して水面に浮く。

スキルを発動させると魔法陣が足元から広がり、足下の浮力が上がるのだ。

ただし、ずっと浮いていられるわけではない。

その場にとどまれるのはせいぜい一秒くらいである。

足が沈む前に次の一歩を踏み出さないと水の中に沈んでしまうのだ。

水蜘蛛を会得してから毎朝池で練習しているけど、これがけっこう難しい。

魔力の安定供給、全体のバランス、この二つが課題となる。

はじめは十歩くらいしか歩けなかったけど、特訓の成果もあり今日は五十六歩まで記録を更新した。

だけど練習の後の精神的疲労感がものすごい。

体力ではなく魔力が大量に消費されるからだろう。

でももう少し歩けるようになりたいな。

単純に水の上を歩くのは楽しいのだ。

 このように忍者としての才能を少しずつ開花させているけど、これもページさんのおかげだね。

 いつか訪ねていってお礼を言いたいな。

 できることならまた稽古をつけてもらいたいくらいだ。

早朝の修業を終えて、パンを買ってアパートに帰った。

 ドアを開けるとコーヒーのいい匂いが室内から漂ってくる。


「おはよう、コウガ君。本日の修業、お疲れさまっス!」


 誰かが帰りを待っていてくれる部屋というのはありがたいものだよね。

 知り合いなんて一人もおらず、生きていくのだって難しい異世界に来てしまったけど、先輩のおかげで僕は幸せに暮らせている。


「パンを買ってきました。早いところ食べてしまいましょう」


ダイニングテーブルに向かい合って二人で朝食をとった。

 お互いに気恥ずかしいのか、以前よりも言葉数は減ってしまった気がする。

 きっかけは、ページさんを取材したあの日かな。

たまにじっと見られている気がするのだけど、勘違いかな?

さっさと告白してしまえばいいのだろうけど、躊躇している理由もある。

先輩の苦境に付け込んでいる気がしてしまうのだ。

スラッシャーのことが片付いて、先輩の生活が落ち着いてからでもいいかなって……。

僕はバカなのかもしれないけど、そういう性格だから仕方がないね。


 夕焼けに照らされて、窓から見える王城の尖塔が真っ赤に輝いていた。

そろそろ退社の時刻である。

 今日は街じゅうを走り回って疲れたよ。

 出版関係はあちらこちらから原稿をもらったり、イラストや写真を取り寄せたりと忙しい。

 若い僕は体力があるだろうということで、バイク便代わりにいっぱい走らされたのだ。

 でも、街を走るのは体術の修業にもなったのでよしとしよう。


「コウガ君、そろそろ上がるっスよ」

「すぐ準備します」


 帰り支度をしているとアビラさんが僕のデスクにやってきた。


「コウガ、今晩はちょっとつき合え、編集長の許可もとってある」

「またお酒ですか?」

「ちがう、仕事だ。お前の助けがいる」


嫌な予感がするなあ……。


「詳しい内容を教えてください」

「奴隷市場に行ったことはあるか?」

「え、ノッデル王国って人身売買が合法なんですか?」

「記者のくせにそんなことも知らないのか」

「まあ……」


アビラさんは呆れながら教えてくれた。


「奴隷は合法だ。その多くが難民と獣人だな。親が子どもを売る場合も存在する。今回取材するのは子どもを誘拐して奴隷として売っている組織についてだ」

「とんでもなくヤバい案件じゃないですか! そんなのは警備兵団に任せた方がいいんじゃないですか?」


 反社会勢力とはなるべく関わり合いになりたくない。


「まあそうなんだが、証拠がなければ警備兵団は何もできない。というわけで、証拠をつかんで俺たちがリークする。ついでにスクープもいただくって寸法だ」


「どうしてそこまでこだわるんですか?」

「上からの命令だよ」


面倒そうにアビラさんは顔をしかめた。


「上からと言うと編集長ですか?」

「もっと上、社長だよ」

「そういえばいましたね。お会いしたことはないけど」


いまだに社長の姿は謎に包まれている。

 アビラさんは僕とノイマ先輩を見て小さくうなずいた。


「いい機会だから教えといてやる。表向きは内緒だが、うちの出資者はマルガタ伯爵だ」

「伯爵って、それが社長の正体ですか?」

「大っぴらに吹聴するんじゃないぞ」

「はあ……」

「実録タックルズはな、もともと伯爵の政敵にとって不利な情報を垂れ流すために作られた出版社なんだよ」


 なにそれ、いきなり秘密組織っぽくなっているんですけど!

 驚きが顔に表れたのだろう、アビラさんが説明を続ける。


「安心しろ、最近は普通の娯楽雑誌になっているから」


そうですよね、伯爵の指示で『ヤリマン・ヤリチン冒険者が教えてくれました。スライムの粘液は最高のローション⁉』とかいうふざけた記事は書かないよな。


「だが、そういった側面が完全に消えたわけじゃない。今回の人身売買組織の裏には、伯爵の政敵がいるようなのだ」

「それで証拠を掴んでこいって話なんですね」

「黒幕はウルード子爵との噂がある」


 それが社長の政敵か。


「それにしても子どもを売るなんてとんでもないですね」

「売りつける先は外国の金持ちのようだ。幼いガキを売るなんざ人間の風上にも置けねえって話さ」


 めずらしくアビラさんが怒りをあらわにしている。

この人は金と女にだらしないけど、愛する娘さんがいるからだろう。

話を聞いていたノイマも憤慨している。


「コウガ君、これは放っておけないっスよ!」

「そうですね。そういう事情ならお手伝います」

「よく言った! それじゃあ潜入を頼むぞ」

「はっ?」

「怪しい場所に目星をつけた。お前なら忍び込めるだろう」

「それって違法なんじゃ……」

「まともな手段で記事がかけるかよ!」


見つかったら逮捕されてしまうのは僕の方じゃないか!

その前に、組織の人間に殺されてしまうかもしれないけど……。


「嫌です! 僕は行きません! 警備兵団にお願いしましょう!」

「まあ、聞けって」


嫌がる僕にアビラさんは込み入った事情を説明した。


「先日、リッター商会の娘が誘拐された」

「え……」

「まだ十二歳のかわいらしい女の子だそうだ」


アビラさんはオーブを取り出して空中に映像を映し出す。

あどけないその姿は十二歳よりもっと幼く見える。

こんな小さな女の子が誘拐されたのか……。


「オッタル軍曹に話を聞いてきたが、やはりその組織が関わっているらしい」

「そこまでわかっていて、警備兵団はどうして踏み込まないんですか?」

「貴族の関連施設だぞ。証拠もなく踏み込めるか。まんがいち何もなかったら、ガサ入れを指揮した士官の首は飛ぶ。やりたがる奴はいねえさ」


警備兵団の偉い人たちは誘拐された娘さんの安否よりも自身の出世の方が大事なのだろう。


「おめえ、この娘を見殺しにするのか? このままじゃ、遠からず外国のジジイの慰みものにされるんだぜ?」


 そんな話を聞いてしまったら、動かないわけにはいかないじゃないか……。


「わかった、わかりましたよ! でも、様子を見てくるだけですからね」

「そうこなくっちゃ! 中に娘がいることさえ分かれば後は警備兵団に任せる。お前は写真を撮ってこい」


 さっそく出かけることになったけど、僕には気がかりなことがあった。

 もちろん、ノイマ先輩のことだ。


「たぶん、帰ってくるのは遅くになると思います。先輩はどうします?」

「今夜は会社の仮眠室に泊まるっスよ。コウガ君は自分の取材を頑張って」


 社内なら誰かしらいるし、鍵もしっかりかけられる。

 アパートに一人でいるよりは安心だろう。

 忍者の装備を確認してから、アビラさんと二人で夜の街に出発した。

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