第24話 体当たり取材
アンネ・ページさんの取材は接待の形で行われることになった。
場所はいつものオウンゴールではなく、北東地区にある高級クラブである。
こちらも実録タックルズ御用達の店で、クラブ・マーメイドという店名だった。
「公には内緒ですが、クラブ・マーメイドは実録タックルズの社長が出資しているっス」
「それで、ここを使うんですね。編集長は取材費に厳しいのにおかしいと思いました」
「ここのママは実録タックルズの社長の愛人さんス。でも、そんなことを言ったりしちゃだめっスよ」
「了解です」
そういえば社長に会ったことはないな。
どんな人なんだろう?
「先輩、社長ってどんな人ですか?」
「私も会ったことはないっス。社長は編集部には来ませんからね」
「放任主義ですか?」
「私もよくはしらないのですが、基本的にはそうみたいっス。大切な命令は編集長が直々に受け取るみたいっス。編集部の中でも社長と直接会えるのは編集長だけっス」
雲の上の存在というか、闇のベールの向こう側の存在って感じだ。
クラブ・マーメイドは落ち着いたたたずまいの店だった。
黒く輝く扉を開けると、大理石の床が奥まで続き、壁にはいくつもの魔導灯の灯りが揺れている。
まるで銀座の高級クラブだ。
ごめん、本当はそんなところへは行ったことがない。
あくまでもイメージって話ね。
奥の扉を開けるとゴージャスなドレスを着た女性が店員に指示を出していた。
金髪の巻き毛、ぱっちりと瞳、抜群のスタイル、年齢はアラサーくらいかな?
その女性はすぐ僕らに気が付いて微笑みかけてきた。
「あら、ノイマさん、いらっしゃい。こちらのニューフェースは?」
「新人のコウガ・レンです。コウガ君、こちらはこの店のママのラアラさん」
「コウガ・レンです。よろしくお願いします」
社長の愛人ということで高飛車な態度に出られるかと思ったけど、ラアラさんはにこやかに対応してくれた。
「ママのラアラ・レイトです。よろしくね。ノイマさんと同じく、気軽にラアラって呼んでくださいな」
ラアラさんは笑いや所作がいちいち妖艶な人だった。
これが大人の色気というものだろうか?
なんかいい匂いもしているし……。
それにしても高級クラブなんて初めてだなあ。
広いフロアにはどっしりとした革張りのローソファーと大理石のローテーブルが並んでいる。
随所に花が生けられ、グランドピアノなんかも置かれているぞ。
中央はダンスホールになっていて、そこでホストやホステスさんを相手に客が躍るらしい。
そうそう、日本のクラブとの違いだけど、こちらには男女両方の接待役がいるんだよ。
どちらも顔が良くて、セクシーな服装をしている。
お客も男ばっかりじゃないからね。
ここにきたお客は好みの接待役を指名するシステムだ。
指名料は五千ゴールド~一万ゴールくらいが相場で、クラブ・マーメイドでは七千ゴールド。
お酒は最低でも二万ゴールドからみたい。
会社の接待じゃなかったらとてもじゃないけど来られないお店だった。
ラアラさんは先輩を見てほほ笑む。
「ねえ、前も話したけどノイマさん、この店で働いてみない?」
いきなりスカウトが始まったぞ。
「またその話っスか? やめてくださいよ。場違い感だけならナンバーワンになる自信はありますけど」
「あらぁ、絶対に人気が出るとおもうなあ。ねえ、コウガ君」
人柄とおっぱいだってナンバーワンだぞ。
「自分なら通い詰めます」
「ほらね」
「コウガ君は誰にでも優しいから、そう言うんですよ」
そうじゃないんだけど、伝わってくれないなあ……。
軽く打ち合わせをすませると、僕らは入り口近くのカウンターでアンネ・ページさんを待つことにした。
扉を開けて颯爽と店に入ってきたのは大柄な女性だった。
身長は百八十センチを超えているだろう。
引き締まった体を赤いレザーに包み、覇気と鋭い眼光をまき散らしている。
それがアンネ・ページさんだった。
僕らはページさんを迎えるために駆け寄った。
「本日は取材にお越しいただきありがとうございます。記者のノイマ・プラットっス」
「コウガ・レンです」
二人してあいさつしたのだけど、ページさんはノイマ先輩にしか興味を示さなかった。
「ずいぶんとかわいい記者さんがお出迎えだね。わざわざ来た甲斐があるってもんだよ」
すでに現役を引退しているそうだけど、ページさんの迫力は健在だ。
注がれたブランデーも一息に飲み干している。
すかさずボトルから酒を注ぐと、それも一気に半分くらい飲んでしまったぞ。
レズビアンで酒豪との話だったが、どちらも本物のようだ。
さっそくいろいろと質問が投げかけ、現役のときの話、ライバルのこと、強敵のこと、財宝のことなどを聞いていく。
自慢できるということもあり、ページさんは機嫌よくいろいろと話してくれた。
北の海に表れた冥竜退治の話などは圧巻で、この人の強さがひしひしと伝わってくる。
それまでは先輩がインタビューをして、僕はメモをとったり、写真を撮ったりしていたのだけど、つい質問してしまった。
「ページさん、強くなるためにはどうすればいいのですか?」
それはつい本音が漏れてしまったという感じの質問だった。
そのせいだろうか、それまで僕を無視していたページさんが初めて僕を正面から見据える。
まるで虎かライオンを前にしたような気分だ。
あまりの威圧感に逃げ出したくなってしまうほどである。
だけど僕は……。
「坊や、強くなってどうするんだい?」
ページさんはニヤニヤと笑いながら訊いてくる。
「守りたい人がいます」
「ふーん……。だがね、才能がなければどうしようもないよ」
「才能ですか」
「ある程度までは努力でいけるさ。だけど、努力ではどうにもできない領域ってもんはあるんでね」
「それでも、できる限り強くなりたいとしたら?」
「そうさねえ、相手にもよるよ。たとえば人間を相手にするのと、魔物を相手にするのじゃぜんぜん違う。戦争で戦うのとダンジョンで戦うの、空き地で決闘するのも違うのさ」
戦闘経験は少ない僕だけど、それは理解できた。
「そうだねえ、坊やが本当に強くなりたいのなら、協力してあげなくもないね」
「いいのですか? でもどんなふうに?」
「いまからそこで立ち合いをするのさ」
ページさんは無人のダンスホールを指し示した。
時間が早いせいか踊っている人はまだいない。
夜はこれからなのだ。
「戦闘の中で何かに気づくことはよくあることさ。どうだい、アタシと一戦交えるっていうのは?」
ページさんは乗馬鞭をしならせて挑発的に笑った。
あれがダゴンさんの言っていた乗馬鞭だな。
Bランク冒険者が泣いて許しを乞うてもぶたれ続けたという話を聞いたばかりだ。
まともに座ることもできなくなるんだろうな。
でも、この人が本物の達人なら、そこから得られるものがあるかもしれない。
僕はスラッシャーから先輩を守りたい。
「コウガ君、やめておいた方が……」
先輩は心配そうに止めるけど、僕の心はもう決まっていた。
「敵わないのはわかっています。でも、記事のネタとしてはありなんじゃないでしょうか。本誌記者が体当たりで探るアンナ・ページの強さ、みたいな感じで」
ページさんは大喜びだ。
「アンタ、いいね! 気に入ったよ。少しぐらいなら手加減してやるからかかってきな」
大量にお酒を飲んでいるのに、ふらつくこともなくページさんはダンスホールに躍り出た。
僕は静かに立ち上がり、懐からクナイを取り出して低く構える。
「おもしろい武器を使うんだねえ。それじゃあ坊やの本気を見せてもらおうか」
体術:レベル4 縄抜け:レベル2 手裏剣:レベル3 隠形術:レベル14
今の僕のスキルはこんな感じだ。
毎朝の修業は欠かしていないのだけど隠形術以外の成長は頭打ちになっており、日々焦りを感じている最中だ。
ページさんに挑めばただではすまないだろうけど、新たな道が切り開けるかもしれない。
本気を出しても攻撃はすべて躱されるだろう、彼我の戦闘力には絶望的な差がある。
それは本能的にわかったので最初から全力で挑むことにした。
「参る!」
ページさんの左側に飛び込んで太ももに向けてクナイを振りぬいた。
ところがクナイは空を切り、焼けるような痛みが手首に走る。
乾いた鞭の音がダンスホールに響き渡った。
「悪くない踏み込みだけど、まだまだ二流以下だね」
「クッ……」
だけどこれでやめるつもりはない。
床に手をついて脚を払うもまたもや攻撃は空を切り、今度は脛に鞭を淹れられる。
「もう終わりかい? もっと楽しませておくれよ」
唇をなめながらページさんが迫ってきた。
やらなければやられてしまう!
僕は連続後天で距離をとり再び攻撃を開始した。
***
どれくらいの時間が経過したのだろう?
五分? それとも三十分?
乗馬鞭によるみみずばれで、体が火照っている。
チェーンメイルに守られている胴体だけは無事だけど、そろそろ四肢に力が入らなくなってきたぞ……。
ページさんの声がずいぶん遠くから聞こえる気がする……。
「坊やはジョブ持ちみたいだけど、攻撃特化型じゃないね。そんなまじめな戦い方をしてどうするんだい?」
そうだ、僕は忍者だ……。
忍者には忍者の戦い方があるはず。
ページさんにはまだ一度も僕の攻撃を当てられていない。
ガードを上げさせることさえできていないのだ。
せめて一撃でも攻撃を入れられれば……。
乗馬鞭で頬を殴られ僕は床に突っ伏した。
「コウガ君!」
駆け寄ってこようとする先輩を手で制して立ち上がる。
「もう少しだけ待っていてください」
「そろそろやめた方がいいんじゃないかい?」
ページさんは傲然と僕を見下ろしている。
だけど、このままじゃ終われない。
あれ? 倒れた僕の手のひらの下に何かあるぞ。
これはピーナッツ?
僕はページさんに悟られないようにそれを握った。
立ち上がり、ふらつく足取りで少し距離を詰める。
「その根性だけは褒めてあげるけど――」
ぺらぺらとおしゃべりを続けるページさんの目を狙い、指弾でピーナッツを放った。
隠形術で気配を消しての攻撃だからページさんの反応はやや遅れている。
「チッ!」
だが、油断をしていてもさすがはSランクだ。
ピーナッツは躱されてしまったか。
だけど、僕はもう次のモーションに入っていた。
踏み込んで右足をページさんの顔面に叩き込む。
「くらえっ!」
「なめるなっ!」
僕の蹴りはガードされてしまった。
でも、ようやくページさんに一矢報いたぞ。
もっともガードされた状態で腹にパンチを喰らって倒れてしまったけどね。
もう、体が動かないや。
目の前が暗くなってきた……。
「コウガ君!」
よくわかんないけど、上半身を抱き上げられた。
柔らかいものが頭の下に、もっと柔らかいものが頭の上に乗っている……。
なんだか気持ちがいいなあ。
先輩とページさんの会話が聞こえるぞ。
「たいした坊やだ。この子、名前は何だっけ?」
「コウガ・レン君です」
「なかなかいい筋をしているよ。ほら、こいつを取っときな」
「え、金貨?」
「それで治癒師に診てもらうんだね」
「いいんですか?」
「健気な坊やにほだされちまったよ。今夜は大いに楽しませてもらった。いい記事を書いておくれ」
ページさんの気配が遠ざかり、後には僕と先輩だけが残される。
柔らかな先輩の気配に包まれて、僕は満足して意識を手放した。
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