第23話 お見舞い


ついに僕の書いた原稿が記事になった。

内容は勇者ヨシタケのご乱行だけどさ……。

他人の秘密を暴いて記事にするというのにはいまだに抵抗があるけど、それでもこうして活字になるとそれなりの感慨がわくものだ。

アンケートの結果が良ければ報奨金ももらえる。

ノイマ先輩も僕の記者デビューを喜んでくれた。


「やったっスね」

「これも先輩のおかげです。引き続きご指導をよろしくお願いします」


 話していると編集部のドアが蹴り空けられ、鬼の形相をした勇者ヨシタケが飛び込んできた。


「ゴラァ! この記事を書いたニンジャ・ケムケムとかいうやつを出しやがれぇええっ!」


ニンジャ・ケムケムは僕のペンネームだ。

記事の最後にはそれを書いた記者の名前が記載される。

本名を名乗るのは嫌だったので、こうしたペンネームを名乗ることにしたのだ。

それにしてもこの勇者、またもや編集部を襲撃ですか?

しかも今日は発売日だぞ。

ひょっとして実録タックルズの愛読者だろうか?

歓楽街が好きみたいだからその可能性は高いな。

自分の記事は許せなくても、他の記事は大好きなのだろう。

 いつものように編集長が対応している。


「これは勇者ヨシタケ様、本日はどのようなご用件で?」

「しらばっくれるな! この記事についてに決まっているだろう!」

「ああ、これ! 偶然うちの記者が同じ店に居合わせてましてね」


 編集長も面の皮が厚い。

 勇者をつけろと命令したのは自分のくせに。


「そんなことはどうでもいい。この記事のせいで大臣や国王陛下に叱られてしまったのだぞ! 聖女アクリナだって、俺を白い目で見る始末だ」


 それはいまに始まったことじゃないだろうに……。


「とにかくニンジャ・ケムケムとやらを出せ。直々に成敗してやる!」


 てっきり人身御供にされるかと思ったのだが、編集長は僕を守った。


「あいにく外しておりますね。取材でしばらくブリンデル市を離れているのですよ」


息をするように嘘を吐くんだなあ、編集長は。


「いつ帰ってくる?」

「そうですなあ、今のところはなんとも……」


 ノイマ先輩が囁く。


「今のうちに逃げるっス」


僕らは何食わぬ顔で編集部から外へ出た。



 街には初夏の気持ちい風が吹いていた。

 僕らは並んで歩きながら、今日の予定を決めていく。


「今から伝説の冒険者シリーズの取材に行くっス」

「あれはゴンダさんの担当ですよね?」

「ゴンダさんは入院中っス」

「入院? まさかクレーマーに襲われたとか?」


実録タックルズの記者は敵も多く、報復に会いやすい。

先ほど勇者が怒鳴り込んできたのもその一例だ。


「いやいや、ゴンダさんは食中毒っスよ。屋台シリーズの取材で、ハムにあたってしまったみたいっス」


『絶品屋台飯 これだけ食っときゃ問題なし!』を担当しているのがゴンダさんだったな。

 まだ会ったことはないけど、食べることとエロいことが大好きな人と聞いている。


「暴漢に襲われたのなら悲惨極まるけど、食中毒なら仕方がないのかな?」

「そうっスね。もっとも、記事に対する報復が多いのも事実っス」

「まさか先輩も?」

「自分はそういう経験はないっス」


 ちょっとだけ安心した。


「でも、コウガ君は危険ですね」

「どうしてですか?」

「もう勇者に目をつけられているっス」


 そうだった!

 あいつはニンジャ・ケムケムを名指しで怒鳴り込んできたもんな。


「そんな……、国でいちばん強い奴に目をつけられているなんて……」

「よく恐れずに書いたなって、編集長もアビラさんも関心していたっス」

「こんなことになるとは思わなかったんですよ!」


ときに無知は無謀だ。


「まあまあ、そんなに落ち込まなくても編集長がうまくいなしてくれますよ。とにかくゴンダさんをお見舞いして、引き継ぎっス」

「わかりました……」


 初夏の空は爽やかだったけど、僕の心はどんよりとしていた。


市場で花を買ってから病院を訪ねた。

この世界でケガを治療しようと思ったら病院か治癒院に頼るのが一般的だ。

病院と治癒院の違いだけど、前者は薬と手術で治療するのに対し、後者は魔法で治療する。効果はだんぜん治癒院の方が高い。

その代わり値段も目が飛び出るくらい高額だ。


「そうは言っても病院だって高いっス。入院できるだけマシってもんスよ」


 病院は白い木造二階建てだった。

 まるで明治時代とかの病院みたいだ。

 忙しそうに通路を行き来する看護師さんたちの間を抜けて、僕たちはゴンダさんの病室へ入った。


「ゴンダさん、お見舞いに来たっス」

「おお、プラットじゃねえか!」


 ベッドにいたのは、ずんぐりむっくり体型をした中年男性だった。

 年齢は三十代前半くらいだろう。

 ゴンダさんは上半身を起こして書き物をしていた。


「思ったより元気っスね。寝ていなくていいんスか?」

「ちょっと思いついたことがあってな。おや、君は……」

「新人のコウガ・レンです。よろしくお願いします」

「ああ、君がニンジャ・ケムケムだな?」

「僕のペンネームをご存じでしたか」

「アビラさんが教えてくれたんだ。君の記事を読んだけど、初めてにしてはよく書けていた。エクスカリバーのくだりは俺も笑ったよ。ただ、4pの様子をもっとねちっこく詳細に書けばさらによかったんだけどな」


 ゴンダさんは先輩らしくアドバイスしてくれる。


「あれではだめですか?」

「読者が求めているのはエロと刺激だぜ、ニーズに応えるのが俺たち記者の仕事だろう?女の子たちの体の特徴とかをもっとこう……」


いろいろこだわりがあるようだ。

 エロ描写の講義を始めようとするゴンダさんをノイマ先輩が遮った。


「ゴンダさん、コウガ君を悪い道にひこまないでください。はい、お土産です」


 日本では病室に花を持っていくことはなくなったけど、ここではまだメジャーな手土産のようだ。


「花かあ、もっと脂っこいもんがよかったな」

「食中毒で入院した人が何を言っているっスか!」


本当にエロと食が好きなんだな。

趣味と実益を兼ねて記者をしているような人らしい。


「自分とコウガ君が冒険者シリーズを引き継ぐことに決まりました。次の伝説の冒険者ですけど……」

「ああ、アンネ・ページだ。あいつは最高だぞ」

「たしか、女性ながら単独で狼人を撃破したんですよね?」

「そうそう、年齢を感じさせないすごい体をしているんだぜ。ぴったりとした赤いレザーのジャケットを颯爽とまとってさ」

「武器は長槍、大剣、鞭と様々なものをつかいこなすんスよね?」

「あの乗馬鞭が最高なんだよな。酒場で絡んできたBランク冒険者に馬乗りになって、泣いても鞭でケツを打ち続けた話は伝説だぜ」


微妙に会話がかみ合ってないけど当人たちは気にしていない。


「いいか、とにかく伝説の冒険者が輝けるような記事を書くんだ。そこがポイントだからな」

「アンネ・ページさんを魅力的に書けばいいんですね」

「そういうことだ。デフォルメならいくらしたっていい!」


引継ぎをすませると、僕と先輩は病室から退出した。

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