第22話 勇者が抗議にやってきた


 昼食を食べて戻ってくると、編集部から男の怒鳴り声が聞こえてきた。

 編集長やアビラさんの声ではなく、もっと若い男の声だ。

 隣にいたノイマ先輩に聞いてみる。


「事件でしょうか?」

「きっとクレーマーっスよ。月に何回かはあるっス」


 ドア越しにそっと覗いてみると、輝くプレートメイルを身に着けた男が編集長に詰め寄っている。


「いいから、あの記事を撤回して謝罪文を掲載しろ!」

「そうは言われましても、あなたがケイタン村の娘さんに手をだしたのは事実でしょう?」

「そうだが、記事に出ていたようなことは言っていないぞ!」

「ああ、俺のエクスカリバーを根本までぶちこんでやるぜ、ってやつですか?」

「うっ! そ、それは言った気がする……。だが、イクときに、俺の子どもを孕め、なんて叫んでないからな!」


 どっちにしろひどい男だ。

 こいつはきっと『勇者様、深夜のご乱行 とある素人娘の告白』という記事で告発された勇者に違いない。

 ものすごい形相で迫る勇者だったけど、編集長はどこ吹く風だ。

 余裕の表情で受け流している。

 ふだんは無茶ばかり言うので苦手だけど、こういうときは頼りになるんだなあ。


「なんと言われましても、あなたが村娘に手を出したというのは事実。証拠だってあるんですよ」

「うるさい! うるさい! うるさーいっ!」


 うるさいのは勇者の方だ。


「そうとう怒っているけど、大丈夫ですかね?」

「相手が書いてほしくないことを記事にするのが私たちの仕事っス。ときには嫌われることもあるっスよ」


 実はこの記事、勇者に同行している聖女が情報をリークしてきたという裏がある。

 あちらこちらで村娘を食い物にする勇者に愛想をつかした末のことらしい。


「だけど、こんなことが許されるわけがない! プライバシーの侵害だぞ」


 プライバシーの侵害? 

 そんなことを言うなんて、ひょっとしたらこいつも転生者や転移者だろうか?


「先輩、あの勇者の名前はわかります?」

「だしか、ヨシタケ・サンシロウじゃなかったかな?」


 日本人確定だな。

 面倒そうな人だから関わり合いにならないでおこう。


「俺のことを二度と書くんじゃねえぞ!」


 勇者はプリプリ怒りながら編集部を出ていった。

 僕らは入れ違いに入室したのだが、編集長がすぐに僕のところへやってきた。


「ちょうどいいところに帰ってきたな。コウガ、今出ていった男をつけろ」

「勇者をですか?」

「わかっているのなら話は早い。あいつは興奮しているから絶対に何かをやらかすはずだ。つけていって様子を探れ」

「見つかったら殺されちゃいますよ」

「いいから行ってこい!」


 ノイマ先輩はご愁傷様といった表情で苦笑している。

 仕方がない、これも仕事か。

 心を決めて階段を駆け下りた。


 隠形術で気配を絶って後をつけた。

 とはいえ、相手は勇者である。

 いくらスキルを駆使していても、近づきすぎれば気づかれてしまうかもしれない。

 可能な限りギリギリの距離を保ちながら僕は追跡を続けた。

 勇者はまっスぐ南西地区へ歩いている。

 こちら側は下町で、ダンジョンの入り口があるのもこの地区だ。

 もしかして、今からダンジョンを探索するのかな?

 でも、勇者はギルド通りへは入らず南下していく。

 むこうはたしか歓楽街だったな。

 しかもいかがわしい店が立ち並ぶディープな世界だ。


 予想通り勇者は歓楽街までやってきた。

 通りには『花道一番街』の看板がたっている。

 勇者はこの街の常連らしく、足取りに迷いがない。

 やがて細い路地に入ると、奥まった建物の中に消えていった。

 あそこはどういう場所だろう?

 看板などは出ていないところをみると、会員制の何かだろうか?

 入って中を確かめる勇気はないなあ……。

 いざとなったら裏から侵入しようかと探っていたら、数人の男に囲まれてしまった。

 家の中から僕のことを見ていたらしい。


「おう、てめえはなんだ?」

「いや、ちょっと道を間違えたみたいで……」

「怪しい奴だな。ちょっとこっちへ来い」


 袖に隠していた目つぶしと煙玉を手のひらに滑り込ませた。


「いや、本当に間違っただけで……」

「いいから来いって言ってんだよ!」


 いよいよ、逃げるしかないか。

 とりあえず撤退してから考えよう。

 そう思っていたら後ろから声をかけられた。


「あれ、コウガ先生じゃないですか!」


 へっ、僕の知り合い?

 見るとヤクザ風の若者が立っている。


「あ、ババロリアンのケンさん?」


 そこにいたのは先日取材した逢引き宿の従業員だった。


「なんだ、ケンの知り合いか?」

「おう、コウガ先生はうちの兄貴の客分だぜ」

「トレントさんの? こいつは失礼しました」


 僕を取り囲んでいた三人は建物の中へ戻っていった。

 どうやら助かったようだ。


「コウガ先生は今日も取材ですか?」

「そうなんです。取材対象がこの中に入っていったんで、自分も入ろうかと迷っていたんですよ。ケンさん、ここは何のお店かわかります?」

「ここはうちの親分がやっている店でして、ぶっちゃけるとアヘン屈です。特別製のやつですがね……」


 ああ、違法ドラッグのお店か。

 いや、この世界でアヘンは合法だったな。

 医療用の薬としても使われているらしい。

 だけどこの店にあるのは魔力付与されたヤバい代物とのことだ。


「女もいますよ。クスリを決めてやるセックスは最高ですから。会員制ですがコウガ先生なら俺が口を利きますよ。遊んでいきますか?」


 違法ドラッグもお姉さんも怖い!

 ついでにいうとケンさんもだいぶ怖い。

 顔の刺青がまた増えているなあ。


「顔のタトゥ、いかしてますね」

「まじっスか! 気に入ってるんですよ、これ。コウガ先生もいれたかったらいい店を紹介しますよ。マジでイかしたやつを入れてくれるんで」


 今後の参考に店の名前を聞いてメモを取った。

 取材のネタはどこに転がっているかわからないからね。


「ところで、この店なんだけど、なかに取材対象がいるんだよね」

「どこのどいつですか?」

「ヨシタケって勇者を知っています?」

「ああ、あいつですか! 嫌な野郎ですよ。女の子に無茶をさせるから、出禁になっている店も多いんです」

「というと?」


 メモを取り出してきく。


「女の子の嫌がることを無理にさせるんですよ。けつの穴をなめさせたりね」


 やっちまったなぁ!


「この店なんだけど、中に入れますか?」

「なんとかしましょう。その代わりまた店のアドバイスをお願いしますよ」

「わかりました、近いうちにテツさんあてに手紙を送るんで、テツさんの手柄にしてください」

「マジですか! よっしゃ、これで兄貴に顔が立つぜ。じゃあご案内しますが、中のことを記事にされるのは困りますよ」

「それは任せてください。自分は勇者を追っているだけですから、お店に迷惑をかけるようなことはしませんので」


 きっと非合法のこともやっているのだろう。

 店の名前は伏せると約束して案内してもらった。



 中に入ると勇者ヨシタケは口からもうもうとアヘンの煙を出していた。

 ソファーに座り恍惚の顔を浮かべている。


「おい、女はまだか? 金はある、三人連れてこい!」


 あれだけキマっていれば僕に気が付くことはないだろう。

 客のふりをして向かいのブースに入った。

 しばらくすると、店の女の子たちがやってきた。

 カゴを手にしているが、中身はよく見えない。

 きっと、いかがわしいことをするときに使う道具なのだろう。


「さっさとしろよ。こっちは嫌なことがあってイライラしているんだ。スッキリさせろ」

「たいへんでしたねー」


 ヨシタケの勝手な言い草にも嫌な顔をせず、女の子たちは笑顔で対応している。

 きっと相当な金がもらえるのだろう。

 そうでなければ、こんなことはやっていられないんだろうしね。

 ヨシタケは少しだけ腰をあげてズボンを脱がしてもらっていた。


「よーし、そこにはいつくばって俺様のエクスカリバーにご奉仕しろ」


 こいつ、エクスカリバーが大好きだなぁ。

 聖剣を冒涜するにもほどがあるだろう……。

 三人の女の子はヨシタケの前に並んで跪き、サービスを開始する。

 ヨシタケはうっとりとした表情で目をつむり、大きくアヘンを吸い込んだ。

 その姿はまさに裸の王様だ。

 異世界に来ていきなりすごい力を得て、自分を万能な人間だと思い込んでしまったのかな?

 戦闘力だけで言えば実際に万能なのだろう。

 でも客観的に見ればどうかなあ?

 人を虐げる姿というのはやっぱり嫌悪をおぼえる。

 そりゃあ、人を服従させたり、屈服させたりという昏い喜びは僕の心の底にもある。

 ご奉仕ハーレムプレイに対する憧れもね。

 だけど、そういうのって刹那的すぎるんだよね。

 ノイマ先輩をかしずかせて僕の言うとおりにさせる?

 瞬間的な快楽は強烈だろうな。

 だけど、そんなのは長続きしないだろうし、僕はノイマ先輩と長く、心地のよい関係を続けていきたいのだ。

 そう考えると、恍惚の表情を浮かべる勇者が寂しそうに見えた。

 うん、いちおう写真に撮っておくか……。

 これも記事になるんだろうなあ、『懲りない勇者様 違法店でハーレムプレイ』とかなんとか……。

 室内に充満するアヘンの匂いに吐き気をおぼえながら、僕はどこか他人事ひとごとのままシャッターを何枚も切った。

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