第20話 待合部屋ってなんですか?


 午前中はガンドーラ薬店に寄った。

 煙玉と目潰しの材料を買いに来たのだ。

 忍者としてのレベルが上がったようで、新たに目潰しを作れるようになったのである。

 こちらは卵の殻に薬剤を入れた催涙弾である。

 そのため、近頃では朝食の卵は割らずに、小さな穴を開けて中身を取り出すようになった。

 現在、僕のレベルはこんな具合になっている。


 体術:レベル3 縄抜け:レベル2 手裏剣:レベル3 隠形術:レベル11


 修行に時間が取れないので目覚ましい成長はない。

 でも隠形術だけはいつでも使えるのでけっこう上がったかな。

 編集部にいるときでもこのスキルを使う機会は多い。

 気配を消しておけば、編集長やアビラさんにパシリとして使われることも少なくなるからだ。

 もう少し体術のレベルを上げないと、いざというときにノイマ先輩を守れないかもしれない。

 せめて目つぶしだけは作っておこう。

 たとえわずかでもスラッシャーを撃退できる確率は上げておきたかった。


「黒色火薬と石灰ですね。量を量ってきますので少々お待ちください」


 ありがたいことに目つぶしの材料も、煙玉の材料もここでそろった。

 帰りに食料品店で唐辛子を買って帰れば完璧だ。

 店主のガンドーラさんが奥で素材を揃えている間、僕は新聞を読むことにした。

 記者として他所の媒体にも目を通さないとね。

 手にしたのはノッデル王国ではいちばんのメジャー紙「ノッデル・タイムス」だ。


「お、スラッシャーの特集記事がでているじゃないか」


 先輩のアパートに忍び込まれた日と同じ夜にあった殺人事件の記事もあるぞ。

 被害者はペニー・ミンカスさん、三十二歳、酒場の女将さんだ。

 明るい人柄でお客の評判はすこぶるよかったようだ。

 犯行時刻は夜中の十二時くらい。

 僕もオッタル軍曹を取材したから、すでに知っていることばかりだな……。

 って、一面にはノッデル・タイムスのスクープ記事があるじゃないかっ!

 なんと、その日の犯行には目撃者がいたようだ。

 その人は女性で、あまりの恐怖に動けなくなり、路地の隅に隠れて犯行の一部始終を見ていたらしい。

 スラッシャーの背格好は細身の長身。

 服装は上下ともに普通の町人風、黒いマントに茶色の革ブーツ、つばの広めな黒い帽子をかぶり、顔には仮面をつけていたそうだ。

 仮面というのはブリンデル市のお祭りのときに使われる白い笑い仮面で、目と口が三日月のようになっているものである。

 同じような仮面は祭りのたびに売り出されるので、有益な情報とは言えないそうだ。

 ただ、ノッデル・タイムスは今回とんでもない情報をすっぱ抜いていた。

 スラッシャーは一連の犯行現場に目印を残しているのだが、それを記事に書いてしまったのだ。

 紙面には、丸に横線、その上にレ点がついたマークが大きく乗っている。

 こんなものを載せるなんて、警備兵団の人たちは怒っているだろうなあ。

 ガンドーラさんが頼んだものをお盆に乗せて奥から出てきた。

 僕が手にしている新聞にちらりと目をやる。


「私もさっきそれを読みましたよ。スラッシャーの印は昔からあったようですね。今頃になって新聞発表になったのはなぜでしょう?」

「模倣犯を防ぐために警備兵団は隠していたのですが、ノッデル・タイムスが発表してしまったんですよ」

「なるほど。他人の真似をしたがる人間はどこにでもいますからねえ」

「それにしても、満月じゃないのにどうしてスラッシャーは犯行に及んだのかな?」


 ガンドーラさんは顎を小さく掻いた。


「ひょっとしてあれが関係しているのかな?」

「心当たりがあるのですか?」

「いえね、本当に関係があるかはわかりませんよ。ただ、昨晩は月が赤かったですからねえ。それで妙な気持ちに憑りつかれたのもしれませんね」


 赤い月か……。


「世間では『恋をかなえてくれる月』なんて呼ばれることもあるそうですがね」

「へえ、そんなのがあるんだ」

「ご存じありませんでしたか? 恋愛運が上がるなんて言われているのですよ」

「僕は占いのたぐいはあんまり信じないんだ」

「おや、そうですか。もっともスラッシャーが徘徊するご時世ですからね。浮かれてばかりもいられませんね」

「まったくです」


 でも、よく考えたら昨晩は先輩と同じベッドで眠ることができたよな。

 あれも赤い月のおかげかな?

 そういえば、実録ナックルズでは占いのページがない。

 この世界の週刊誌ではそういった習慣がないのかも。

 でも、街には辻占い師がたくさんいるし、験を担ぐ冒険者だって多い。

 ひょっとしたら、これはチャンスかもしれないぞ。

 今度の企画会議では占いコーナーを提案してみるとしよう。

 黒色火薬と石灰を受け取ってお店を後にした。



 編集部に戻ってくるとノイマ先輩が僕を待っていた。


「コウガ君、ババロリアン行くっス!」


 唐突ではあったが先輩はどことなくワクワクしているようだ。

 ババロリアンとはなんぞや?

 ロリババアの亜種?

 はたまたスイーツ?

 名称だけでは判断がつかない。


「ババロリアンってなんですか?」

「最新の逢引きホテルっスよ」

「ええっ⁉ って、なんですそれ?」

「逢引きホテルとはブリンデル市で流行りつつある、男女の密会の場っスね」


 つまりラブホテルみたいなものか。


「聞くところによると内装がとても豪華で凝っているということっス。アポはもう取ってあります。さっそく取材っスよ!」


 ババロリアンという逢引きホテルは北東地区にあるとのことで、辻馬車を拾って向かった。


「北西地区っていうのは、高級なお店が並ぶ地域ですよね? そんなところに逢引きホテルがあるなんて意外です」

「北西地区といっても東の外れっス。それに利用者は金持ちが多いっス」

「そうなんですか? 庶民は使わないんだ」

「一般庶民は家か、お外でいたすっス」


 みんなホテルの個室を使えるほどの余裕はないらしい。

 森とかお墓がみんなのホットスポットである。


「つまり、逢引きホテルの利用料は高いんですね」

「そこらへんも取材するっスよ。ひょっとしたらリーズナブルなお部屋だってあるかもしれないですから」

「それにしても、お金があるのなら普通の高級ホテルに行けばいいのに」

「そういうところだと知り合いに会ったりする恐れがあるんスよ、きっと」


 辻馬車は北西地区の外れまでやってきた。

 ここまで来ると樹木が多く、家の数は少なくなるが、立っているのは小ぎれいな家ばかりだ。


「ああいう家には、貴族や商人のお妾さんが住んでいるっス。あとはSランク冒険者が若い女や男を囲っていることもあるっスね」


 都会の喧騒から離れた別荘で、しっぽりとオフを楽しむための家みたいだ。

 やがて馬車は木々に囲まれた石造りの建物までやってきた。

 三階建ての要塞みたいな建物である。

 窓という窓はすべて鎧戸が閉じられてあり、中の様子はうかがえない。

 ここに来る人は素性を隠したい人ばかりなのだから、窓を開けて大ぴらに顔を晒す人はいないのか。

 中にはそういう趣味の人だっているかもしれないけど……。

 門のところには門衛が立っていて、すぐそばには気をつけていなければ見落としてしまいそうなくらい小さな看板がさがっていた。

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