第18話 アンケートの結果


 編集長からアンケート用紙を回収してくるように命じられた。

 実録タックルズには巻末にアンケート用紙がついている。

 どの記事がおもしろかったかを書いて送ると、抽選で色々もらえる仕組みだ。

 といっても豪華なものはない。

 効き目の薄そうな安っぽい開運グッズとか、ヌードトランプとかそんなものばかりだ。

 ちょっとしたラブグッズみたいなものもある。

 振動するつるつるの小石とかだね。

 使い方はわかるでしょう?

 とにかくそんな感じの物が当たるので意外なほどアンケート用紙は送られてくる。

 回収ボックスが冒険者ギルドのホールに設置されているのがいいのかもしれない。

 実録タックルズのメイン読者層は冒険者なので、そんなところにアンケート回収ボックスが置かれているのだ。

 僕の仕事は週に一度そこへ出かけて、投函されたアンケート用紙を回収して、結果を集計することだった。


 今週の一位はアビラさんの『スクープ! とある男爵が受けた豪勢な性接待 売国行為は実録タックルズが許さない!』だった。

 そう、僕が命懸けで写真をとってきたホテルの記事である。

 これはかなり話題になり、男爵は議会でそうとう叩かれたみたいだ。

 とはいえ、外交委員は辞めていないらしい。

 今はじっと嵐が過ぎるのを待っているのだろう。

 そうやって、ほとぼりが冷めたらまた悪いことをするのかな?

 なんだか虚しいけど、今回は癒着が明るみに出て、ミンドヒク王国の高い小麦を買う話は消えたので、それで満足するしかない。

 ノイマ先輩の『この薬がすごい』の記事は四位だった。

 三位までに入ると報奨金がもらえるので、先輩はかなり悔しがっていた。

 報奨金を手にしたアビラさんが優越感いっぱいに笑っている。


「プラットも順位をあげてきたじゃねえか。次はいけるじゃないのか?」

「悔しいっス。今回こそはと思っていたのにぃ!」

「そんなに騒ぐな。報奨金といってもたいした額じゃねえぞ」

「一位なら五万ゴールドじゃないっスか!」

「そんなにもらえるんですか? だったら晩飯くらい奢ってください。危険を冒して写真を撮ってきたのは僕ですよ!」

「おいおい、そのかわり本採用になるように推薦してやっただろう?」


 嫌そうな顔をしていたけど、僕と先輩に詰め寄られてアビラさんが晩御飯をご馳走してくれることになった。

 で、やってきたのが編集部近くの酒場「オウンゴール」だ。

 ここは先日、死霊術師のポーさんを接待した場所でもある。


「もっと高級なレストランが良かったっス!」

「贅沢を言うな。こっちだっていろいろ金が要るんだぞ」

「また女っスか?」

「ちげえよ。娘がピアノを習うらしくてな……」


 その言葉は意外だった。

 アビラさんからは生活臭がしなかったので、てっきり独身だと思っていたのだ。


「アビラさん、ご結婚されていたのですね」

「離婚しちまったけどな」


 そういうことか。

 妻帯者にはないアウトロー的な雰囲気はそこからきているのかもしれない。


「ほら、これが娘だ」


 いつも持ち歩いているのだろう、アビラさんはポケットからオーブを取り出して見せてくれた。


「かわいらしい子ですね。髪の色はアビラさんと同じ茶色なんだ」

「ああ、幸運なことにそれ以外は母親に似たのさ」


 アビラさんは嬉しそうに目を細める。

 普段は飄々としているけど、この人の父親としての顔が垣間見えた気がした。

 酒と料理が運ばれてくると僕らは乾杯した。


「一位を取ったアビラさんと、次回入賞するノイマ先輩を祝って……」

「乾杯!」


 先輩と僕はレモンクリュート、アビラさんはビールだ。


「ぷはぁ、うめえ! こうなりゃやけだ、好きなもんを頼みやがれ」

「あざ~ス!」


 先輩と僕は遠慮なく注文し、テーブルには串焼き、コロッケ、チーズオムレツなどがならんでいく。

 今夜は大いに飲み、食べるとしよう。

 あ、でもお酒は控えめにしておくか。

 満月はまだ先だけど、スラッシャーには気をつけないと。


「しかし、コウガはゴシップネタを集めるために生まれてきたようなもんだな!」


 四杯目のビールに口をつけながらアビラさんが肩を叩いた。


「なんでそうなるんですか?」

「だってニンジャのジョブ持ちだろう? 盗撮も盗聴もし放題じゃねえか!」


 まるで犯罪者みたいな言いようだな。

 僕は慌てて周囲を見回したけど、こちらに注目している人はいない。


「大きな声で言わないでください!」

「どうして?」

「活動に支障が出るからです。面はなるべく割れてない方がいいじゃないですか」

「それもそうだ。よし、コウガは実録ナックルズの秘密兵器だ。こんごとも情報を集めてくれ! ガハハハッ」


 その夜のアビラさんは上機嫌だった。


「もう一軒いこう、コウガ。俺のとっておきの店を教えてやる! かわいい子がいっぱいいるぞ」

「いえ、もう帰りますって」

「そんなこと言わずにつき合えよ。いい思いをさせてやるから」

「いやいや、ノイマ先輩が心配だから送っていきます」

「そうか? じゃあしょうがねえな」


 アビラさんは足元がフラフラだけど大丈夫かな?


「ちゃんと帰れますか?」

「ばかにすんな! 俺がこれくらいで潰れるかよ。こう見えても元は警備兵団の少尉様だぞ!」

「はいはい、わかりましたって」

「よし、じゃあまた明日な。プラットを送って、ついでに押し倒しちまえ! 戦果は明日聞く、ガハハハッ!」


 セクハラ全開だな。

 アビラさんは夜の街へ消え、僕とノイマ先輩は家路についた。


「なんだかんだで、アビラさんは気前がよかったですね」

「独身だから寂しかったんじゃないっスかね? コウガ君と飲めて楽しかったんスよ」

「ああ、離婚していますもんね。それにしても酔いすぎですよ、元少尉なんて言っちゃって」


 中尉までいけばこの国では騎士扱いで、下層とはいえ貴族の仲間入りができるのだ。


「あ、それは本当のことっス」

「そうなんですか?」

「あの人もオッタル軍曹と同じっス。いろんなところから賄賂を取っていたのがバレて騎士になり損ねたっス。それが原因で奥さんとも離婚したらしいっスね……」

「それで雑誌記者に?」

「まあそういうことっス」


 本当に人生はいろいろだ。


 ほどなく僕らはアパートに戻ってきた。

 先輩はポケットから鍵を取り出しドアを開けようとしている。

 僕は慌ててその手を止めた。


「どうしたっスか、コウガ君?」


 僕はドアの上側を指し示す。


「出るとき、ここに小さな紙片を挟んでおいたんです。でも、それがなくなっています」

「つまり、留守中に誰かがここを開けたってことっスか?」

「まず僕が入って部屋の中を確認してきます。先輩はここにいて異変が起きたら大声で助けを呼んでください」

「わかったっス!」


 緊張で震える先輩の横で智拳印を結んだ。


「煩悩即菩提……」


 クナイと手裏剣を手に持ち、隠形術で気配を消してドアノブを回す。

 鍵がかかっていない……。

 低い体勢で構えながら僕は暗い室内に入った。

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