第16話 防具を手に入れろ


 普段は明るい先輩だが、さすがにこれは取り乱した。


「奴っス! 奴からの手紙っス!」

「先輩、落ち着いて。満月にはまだ時間があります」


 奴が犯行をおこなうのは満月の前後三日ほどに集中している。

 だけど、これはますます気をつけないといけないな。

 スラッシャーは先輩に標的を定めたのだ。

 僕らの騒ぎを聞きつけて編集長もやってきた。


「ふーむ、特集記事が書けそうだな」

「そんな軽く言わないでください。ノイア先輩の命がかかっているんですよ!」

「そこを乗り越えて記事にするのが記者ってもんだろうが」

「そんな!」


 抗議しようとする僕を止めたのはノイア先輩だった。

 少しだけ落ち着きを取り戻したようだ。


「待つっス、コウガ君。編集長のおっしゃることも一理あるっス……」

「まさか、記事にするつもりですか?」

「それはまだわからないけど、とりあえず行かなければならないところが二つあるっス」


 僕たちはまず警備兵団に向かい、手紙のことを相談した。

 馴染みであるオッタル軍曹はスラッシャーの担当でもあったので詳しいいきさつを話しておく。

 最初はニヤニヤと先輩の胸を見ていた軍曹だったが、手紙を読むと表情が引き締まった。


「問題はこれが本物かどうかだが……」

「本物だと思うっス。私は先日襲われたばかりっスよ」

「だが、これまでスラッシャーは予告殺人なんてしたことがないぞ」

「でもそこには心臓が欲しいと書いてあるっス。そんなものを欲しがるのはスラッシャーだけじゃないスか」


 軍曹は腕を組んで考え込んだ。


「だがスラッシャーが心臓を抜き取ることは誰だって知っているだろう? それこそお前ら雑誌や新聞屋どもがこぞって書き立てたんだから」

「でも、他に心当たりがないっス。殺人予告をもらうほど人の恨みは買っていないっスよ……」


 軍曹はそれでもなお考え込んでいたけど、先輩の家の周囲を兵士たちに巡回させることを約束してくれた。

 巡回に効果があるかどうかはわからないけど、ないよりはマシだろう。


 警備兵団の用がすむと、もう一つの行かなければならない場所に向かった。

 それは防具屋だ。


「前回はコウガ君のチェーンメイルに命を救われたっス。でも、いつまでも借りるわけにはいかないっス。自分用のを鎧をあつらえるっス」

「遠慮しなくてもいいんですよ」

「いや、実をいうとあのチェーンメイルは少しきついっス。胸のあたりが……」


 それじゃあ仕方がないよね!

 でも、先輩にフィットする鎧なんて売っているのかな?

 それこそ特注品になってしまいそうだ。


「女性用の防具を専門に取り扱う店を知っているっス。そこへ行きましょう」


 この世界の女性は魔法が使えるので、兵士や冒険者になる人もたくさんいる。

 当然そんなお店もあるのだろう。


「女性用の防具専門店ってどんな感じですか? かわいいのがそろっているとか」

「そういうのは大抵特注品ですね。Sランク冒険者のマッキー・ペイジはピンクと白と金の鎧を装備していて有名でした。背中には白い翼まで生えていたんスよ」

「メチャクチャ目立ちそうですね」

「弱い魔物はピンクの鎧が見えただけで逃げ出したそうっス」

「先輩はどんな感じにするんですか?」

「普通の皮鎧でいいっスよ。スラッシャーの攻撃に対応できればいいだけですから。これから行く店は以前取材したお店っス」


『サルでもわかる迷宮攻略講座』という特集で、初心者防具のセットを紹介をしたことがあるそうだ。

 このシリーズでは仕事の選び方、上級者に騙されない方法なども書かれていたとの話である。

 僕も実録タックルズさえ読んでいれば、グイン・ポントラックのような輩に騙されなかったかもしれない。

 まあ、地下十三層に取り残されたのもずいぶん昔の記憶になった気がする。



 武器屋のコンデさんは愛想よく僕らを迎えてくれた。


「あの記事のおかげで初心者セットがけっこう売れたんだぜ、ありがとな!」

「それはなによりっス。うちの社も売り上げに貢献出来て誇らしいっスよ」


 こうしてみると実録タックルズの実績は悪くないようだ。

 冒険者を中心に少しずつだが販売部数を伸ばしているとも聞いた。

 ひょっとして僕は成長企業に就職できたのだろうか?


「ところで今日は何のようだい? また店を紹介してくれるとか?」

「いやあ、今日は個人的な買い物っス。私の装備を買いに来たっス。胸当てが欲しいっス」

「記者さんが防具? ダンジョンでも行くのかい?」

「まあそんなところっス。職業柄いろんなところに行かなくちゃいけないんで」


 スラッシャーのことを明かす気はないようだ。


「お世話になった記者さんのためだ、バッチリいい装備を出してやるぜ」

「あ、お金はあんまりないっスからね」


 先輩は慌てて付け加えていた。

 コンデさんはいろんな鎧を引っ張りだしてくれて、先輩はそのつど試着するのだがしっくりくるものがないようだ。

 やはり僕が懸念したとおり、先輩の胸が問題になっているらしい。


「これはきつくないっスけど、アイアンアーマーは重すぎるっス」

「でも、皮鎧だともうサイズがなあ……。ドラゴンの皮鎧なんてどうだい?」

「いくらっスか?」

「六百三十万ゴールド」

「高すぎるっスよ! そんなのAランク以上の冒険者がつける装備っス。雑誌記者には分不相応っスよ」

「そうなると他には……」


 考え込んでいたコンデさんがポンと膝を打った。


「いいのがあるぞ!」


 そう言って奥にかけて行ったコンデさんが、埃をかぶった箱を持って戻ってきた。


「ぜんぜん売れないから存在を忘れていたよ。これならたぶん記者さんにぴったりだ。ほれ!」


 差し出された防具を見て先輩と僕は絶句してしまう。

 だってそれは緑色のレザーを使ったビキニアーマーだったから……。


「なにを考えているっスか。こんなもの、意味ないっス! ふざけているんですか?」

「そうじゃないんだ。これは防御魔法が付与された特殊な鎧なんだよ」

「マジっスか!」

「ああ、そんじょそこいらの皮鎧より防御力はずっと高いぞ」


 こんなビキニにそんな力が?

 ちょっと信じられない。


「でも、お高いんでしょう?」

「マジックアイテムの最低販売ラインは四十万ゴールドからなんだが、これはサイズの関係でちっとも売れなくてね。それにこのビキニアーマーは装備者を選ぶんだ」

「まさかインテリジェンスアーマー?」


 インテリジェンスアーマーとは知性をもった武器の防具の総称で、その値段は天井知らずらしい。


「いや、そこまですごいものじゃない。ただ、このビキニアーマーは自分好みのプロポーション以外を受け付けないのさ」

「はぇえ……。私に着られますかね?」

「たぶん大丈夫だと思うぜ。なあ兄ちゃん?」


 見解を求められたので激しくうなずいておいた。


「そういったわけで、記者さんが着られるのなら、こいつを七万ゴールドで売ってもいい」


 このビキニアーマーの力が本物なら破格のお得商品だろう。


「わかったっス。とりあえず試着してみるっス」

「だったらあちらの試着室を使ってくれ」


 先輩はビキニアーマーを掴んで試着室に入っていく。

 どうしよう……ときめきがとまらない……。

 この胸の高鳴りをどう表現すればいい?

 終わりなきクレッシェンドとはこのことか!


「あ、サイズはぴったりっスね」


 試着室から先輩の声が漏れてくる。


「うん、お尻の方もはいりました」


 そ、それは重畳……。

 僕はヤキモキしながらその瞬間を待つ。


「うん、いい感じっス。コウガ君、おかしくないか見てください」


 キターーーーーーッ!


「は、はい!」


 試着室の黄ばんだカーテンが揺らぎ先輩が出てきた。


「あ……」


 僕の気持ちは急速に沈んでいく。

 先輩はなんとビキニアーマーの上に服を着てきたのだ。


「やっぱり普通の下着のようにはいかないっスね。服がパツパツっス」


 言われてみれば、シャツもジャケットもボタンが今にもはじけ飛びそうだ。


「本当に防御力があるか試させてもらってもらうっスよ。コウガ君、この辺りを殴ってみるっス」

「そ、そこは!」

「そう、心臓のあるあたりっス!」


 先輩の言うことは間違っていない。

 だが、心臓のあるあたりというのは、胸の谷間の下の方でもあるのだ。


「い、いいんですか……?」

「かまうことはないからガツンとくるっス!」


 これは大切な実験なのだ。

 僕は自分にそう言い聞かせて拳を固める。


「そ、それじゃあいきますよ」

「遠慮はいらないっス。ややこちら側をねじりこむように打つっス」


 先輩はことさら胸を強調して、僕がどこにパンチを繰り出せばいいかを教えてくれた。

 この千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかない。


「わかりました。それじゃあいきますよ!」

「受け止めるっス!」


 両脚を肩幅に開いたスタンスからステップインした。

 拳の軌道はショートアッパーとストレートの中間くらい。

 やや下側から胸の谷間に向かって拳が伸びていく要領だ。

 そう、これは胸の谷間と下乳のたわみを両方味わえるゴールデンコース……。

 見せてもらおうか、先輩のおっぱいの弾力とやらを!

 僕は絶妙なポイントを絞って拳を当てにいった。

 ところが、このビキニアーマーの威力は本物だった。

 インパクトの瞬間にマジックシールドが展開されて僕の拳を跳ね返したのである。

 軽く打ったパンチだけど、きちんと防御しているぞ。

 胸の弾力は味わえなかったけど、これは喜ばしいことだ。


「すごい! ちゃんとシールドが張られました」

「これは使えるっスね。しかもセクハラ防止にもなるっス。対オッタル軍曹用の装備としても完璧っス!」


 先輩はなけなしの七万ゴールドでビキニアーマーを購入した。


「虎の子のタンス預金をほぼ使い果たしたっス。おのれ、スラッシャーめ!」

「まあまあ、いい買い物ができてよかったじゃないですか。今夜は僕がご飯をご馳走しますよ」

「コウガ君、ありがとう!」


 先輩が感激して抱きついてくれたけど、硬いビキニに守られて、おっぱいの柔らかさを感じ取ることができなかった。

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