第15話 町の薬屋さん
編集部と同じ南西地区にあるガンドーラ薬店にやってきた。
黒い柱に白い土壁、とても清潔そうな店構えだ。
軒先に看板がぶら下がっている。
『ガンドーラ薬店 各種調合を承ります。素材の買い取りもいたいます。
なんでもお気軽にご相談ください』
店先はよく手入れされた植え込みに覆われ、窓辺にはゼラニウムの鉢植えが配されている。
薬屋さんというより、お洒落なカフェって感じさえするぞ。
「ごめんくださーい」
僕らが入っていくと店主のガンドーラさんは少し驚いた様子を見せた。
「ご連絡した実録タックルズのノイマ・プラットです」
「同じくコウガ・レンです」
名刺を差し出すとガンドーラさんは笑顔を見せた。
「ああ、記者さんでしたか。ようこそおいでくださいました。さあ、そちらにかけてください。いま薬草茶をご用意しますよ」
ガンドーラさんはすこし気の弱そうな、だけど優しそうな店主さんだった。
「どうおお気遣いなく。まるで喫茶店に来たみたいっス」
外観と同じで店内も明るくて清潔だ。
こちらには観葉植物がいくつも並んでいる。
でも奥の方には液体に浸された爬虫類や魔物の瓶が並び、ここが薬局であることを思い出させる。
変な匂いもしているなあ。
この匂いはどこかで嗅いだこともあるような……。
「これは
「さすがは記者さん、いろいろとご存じですね。臭かったらごめんなさい、常連の死霊術師のご依頼品なんですよ」
死霊術には薬が必要なのか。
まだまだ知らないことばかりだ。
「百月白檀は死者を操るためのお香っス」
そうか、思い出したぞ!
「死霊術師ならダンジョンで見ました。あれは恐ろしい技ですね」
「もともと死んでいるから無敵っス」
「そうそう! あと、倒した魔物を操るのがすごかったです。場合によっては死んだ仲間さえも……」
「まあ、筋を切られると動けなくなるらしいっス。時間がたってもダメみたいっスね」
僕が見た死霊術師はそれを賞味期限って呼んでいてちょっと引いたな。
死体はどんなに古くても大丈夫なんだけど、術をかけてから操れる期間は一週間くらいが限界らしい。
そのへんは術者のレベルにもよるようだけど、どんなにベテランでも一カ月とはもたないそうだ。
薬草茶をお盆に乗せてガンドーラさんが戻ってきた。
「死霊術にとって時間は最大の敵です。死体をいかに新鮮に保存しておくかが課題となります。術後のケアも大変なようですな」
ガンドーラさんは死霊術について熱心に教えてくれた。
百月白檀を扱うだけあって、そういったことにも通じていいるようだ。
「おっと、今日は死霊術ではなくこちらのお薬の取材でしたね」
そう言って取り出したのは真っ白な陶器の瓶だ。
手のひらサイズで上口には赤い油紙が被せてある。
「それっス。いま女性冒険者の間で話題になりつつある『母のやすらぎ』っスね」
やけに細長い指を組んでガンドーラさんはにっこりと微笑んだ。
これは生理痛にてきめんな効果を発揮するそうだ。
「冒険者だけではなく、広く女性の間で広まってもらいたいものです」
「生理痛って、平気な人は何ともないっスが、ひどい人はほんとうに辛いですからね」
「そうなのです。私の母も生理痛がひどくて、月のものになると本当に苦しそうでした」
「それで『母のやすらぎ』と名付けたんですね?」
「そのとおりです。もっとも、母はもう年配ですが……」
ガンドーラさんは四十歳を超えているだろう。
そのお母さんならもう閉経しているということか。
それでもこうしてお母さんを思って薬を作るのだから優しい人なのだろう。
僕たちは冒険者必携の薬についていろいろインタビューした。
ガンドーラさんのお勧めは「母のやすらぎ」、そして胃腸薬の「セイロン丸」、筋肉疲労を癒すフライングタイガー軟膏の三つだった。
インタビューは一時間ほどで終わり、僕らはガンドーラ薬店をお暇する時間になった。
「本日はありがとうございました。今日のお話は次の次の号に掲載される予定っス」
「こちらこそありがとうございます。雑誌で取り上げていただければいい宣伝になりますからね。これはささやかなプレゼントです」
ガンドーラさんはノイマ先輩に「母のやすらぎ」を贈っていた。
店から出るとちょうど昼時だった。
太陽は中天に差し掛かり、神殿の鐘があちらこちらで鳴り響いている。
「先輩も母のやすらぎを試してみますか?」
「いや、友だちにあげるっス。自分は生理痛なんてないんスよ」
「じゃあ、僕がこの薬を先輩にプレゼントしても喜んでもらえないですね」
「ありがたみは薄いっスね。自分は肉とビールの方がいいっス!」
「じゃあ、今晩当りいかがですか? たくさんご馳走できるほどお金はないですけど」
「いいっスね! 肉とビールはすべてを解決してくれるっス。これで午後も頑張れるっス!」
給料が入ったばかりの僕らは至極元気だった。
ところが、僕らを恐怖のどん底に突き落とす事件がこのあとすぐに起きてしまう。
編集部に帰ると僕は手紙の仕訳を命じられた。
これも新人の仕事である。
ノッデル王国の郵政システムはけっこう整っている。
特にブリンデル市内は発達していて、二~三日もあれば手紙は配達される。
切手なども発売されており、各通りには郵便ポストも配置されているのだ。
箱に入った手紙を宛名ごとに分けて、それぞれ担当の人のところへ持っていくのが僕の仕事だ。
お、これはノイマ先輩への手紙だな。
「先輩、先輩宛の手紙も来ていますよ」
横で仕事をしている先輩に手紙を渡すと、すぐに封を切って中の便箋を取り出している。
中身が気になっているようだ。
「ひょっとしてファンレターかもしれないっス!」
「そんなものが届くんですか?」
「たまにあるっスよ。私はまだもらったことがないですけど」
だけど、手紙を一目見た先輩は小さなうめき声を出して、それを机に叩きつけてしまった。
「先輩、どうしたんですか?」
僕は机の上の手紙に目が行ってしまう。
そこには黒々とした大きな文字で一行の文字が書かれていた。
おまえの心臓をくれ
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