第14話 修行もしてます


 実録タックルズに入社して一週間が経った。

 僕はめでたく本採用が決まり、先輩も喜んでくれている。

 報酬は一週間で三万ゴールドと言われていたけれど、じっさいは三万五千ゴールドもらえることになった。

 これもスクープ写真をゲットしてきたのが大きな理由だろう。

 編集長は僕の忍者としての能力に期待しているようだ。

 それから、僕は相変わらず先輩のアパートで一緒に暮らしている。

 給料が出た日、僕は給料から五千ゴールドを抜いて、残りのすべてを先輩に渡した。

 情けない話だけど、これまで家賃も食費も先輩が出してくれていたのだ。

 とはいえ、これ以上ヒモではいたくない。


「これじゃあもらいすっぎっス」

「でも、お世話になるばかりじゃ僕の気が治まりません」

「それじゃあ週に一万ゴールドもらうっス。これでいいでしょう?」


 こうして僕は先輩の家の倉庫に暮らしている。

 広さは三畳くらいだけど意外と居心地はいい。

 どうせ荷物はほとんどないからね。

 それでも少しは私物も増えた。

 煙玉などを調合する乳鉢などだ。

 そうそう、煙玉は経費として認められたよ!

 これもスクープ写真のおかげだね。

 発行部数が伸びて編集長はご機嫌だったのだ。


「しょうがねえなあ」


 なんて言いながらも、すんなりと許可してくれた。

 ついでだから十個も作ってしまったよ。

 まあこんなもんはいくらあってもいいからね。

 暇なときに作れるだけ作っておくとしよう。


 最近は早朝の修業を欠かさないようにしている。

 先日、ホテルの屋上からバルコニーに降りたのに気をよくして頑張っているのだ。

 修行と言っても木登りとか、橋を使った体術訓練だ。

 普通に橋を渡るのではなく、橋の裏側を使って対岸に行くなんてことをしている。

 はた目から見ればおもいっきり不審者だね。

 でもしょうがないよ、忍者だもん。

 所詮、忍びは不審者でござる、にんにん。


 本日も日の出とともに起き出して、橋の下にやってきた。

 ここはたまにホームレスが寝ていることもあるけれど、基本的には人のいない場所だ。

 今日は手裏剣の練習もしておこう。

 あれから何も起きていないけど、いざというときにスラッシャーから先輩を守るのは自分の役目だ。

 先輩は無防備すぎて不安になってしまう。

 おかげでラッキースケベも多いけどさ。

 せめて使用中はトイレの鍵をかけておこうよ……。

 素で僕の存在を忘れるらしい。

 恋人でもないのに一緒に暮らしていていいのかな?

 修行を終えて部屋に帰ると、ちょうど先輩が起きだしてきた。

 もう一度確認しておくか。


「先輩、本当に僕がいてもいいんですか?」

「もちろんっスよ! コウガ君のおかげで毎日が楽しいっス」

「迷惑じゃないですか?」


 先輩は笑顔で力説してくれる。


「コウガ君は紳士だし、家賃と食費も出してくれるし、掃除もしてくれるし、ご飯も作ってくれるっス! 最高っス!」

「ところで先輩……」

「なんすか?」

「どうしてズボンをはいていないんですか?」

「え……?」


 今日のパンティーは水色だ。


「ギャーっ! また忘れていたっス! 一人暮らしの癖が抜けないっス!」


 大きなお尻を振りながら先輩は寝室に逃げていく。

 見た目が地味なくせに、どうしてセクシーな黒のローライズをはいているのだろうか?

 まさか、僕を誘っている?

 うーん……、そんな感じではない気がする。

 あれはれっきとした天然なのだろう。

 でも本当に……?

 朝からいろいろと悩まされてしまった。



 今日は先輩と取材に行くことになった。

 この薬がすごいシリーズの次段である。


「また沼の魔女さんですか?」

「違うっス。今日は町の薬屋さんを取材しますよ」


 よかった……。

 ゴウダウニー先生は妖しい雰囲気で僕を見つめるので苦手なのだ。

 沼の魔女に見られると、蛇に睨まれた蛙みたいな気分になってしまう。

 あれも魔法の一種なのかな?

 噂によると、ガモウ沼に生息する蛙の中には魔女に姿を変えられた人間が多数いるらしい。

 彼らの仲間になってゲコゲコ鳴くのはごめんだった。


「町の薬屋さんですか。タックルズにしては珍しい取材対象じゃないですか?」


 普段ならもう少しきわものっぽい内容ばかりな気がするけど……。


「まさか、町の薬屋さんで買えるヤバイ薬とか?」

「今日のは違うっスよ」


 先輩は笑いながら否定したけど、今の口ぶりからするとそういう内容のときもあるわけだ。

 さすがは実録タックルズである。


「今日はどんな薬の取材ですか?」

「常備薬あれこれです」


 普通過ぎて拍子抜けだ。


「まともな記事もあるんですね。タックルズにしては夢のない企画ですけど」

「うちのメイン読者層は冒険者っス。だからダンジョンへ持っていくべき薬のリストを特集するっスよ。今回は女性用と胃腸薬に焦点を宛てるっス」


 女性の冒険者はかなり多い。

 攻撃魔法や身体強化が使えれば性別は関係なくなるからだ。


「そうは言っても女冒険者にだって月のものはあるっス。腹痛などに悩まされる人は大勢います。今日取材するリオネ・ガンドーラさんは生理痛を軽減する薬を開発された人なんス」


 日本にいた頃に見た生理痛専用薬みたいなものだな。

 なるほど、生理痛に苦しむ女性にとってはありがたい薬だろう。


「コウガ君は女の子をトロトロにしちゃう薬を期待していたっスか?」


 ノイマ先輩は煽るような目つきで僕をみて笑った。


「そんなことないですよ!」


 興味がないと言えばウソだけどさ。


「ゴウダウニー先生なら知っていそうっスね」

「いやぁ、あの先生に取材するくらいなら要らないです。僕、あの人が怖いから」

「たしかに……。ゴウダウニー先生は若い男の子が大好きっス。あの先生に精魂搾りつくされた新人がいるって噂は聞いたことがあるっスね」

「まじですか……?」

「私としてもコウガ君が魔女に搾り取られるのは嫌っスね。大事なペットを取られてしまう気分っス」

「ペットってひどいですよ!」

「あはは、冗談っスよ」


 僕たちはパーラー通りを左に曲がってガンドーラ薬店を目指した。

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