第13話 ミッションインポッシブル


 アビラさんにホテルの屋上に連れてこられた。

 スタッフ以外の立ち入りは禁止の札があるけどアビラさんはお構いなしだ。


「まずいですよ。あそこにお客様はご遠慮ください、って書いてあるじゃないですか」

「いいんだよ、こんなときのために金を掴ませているんだから」


 そういうことじゃなくて、僕は不法侵入などの法に触れないかを心配しているのだ。

 だけど、アビラさんはまったく気にしていない。


「僕に何をさせるつもりですか?」

「メッサーラ男爵はこの真下にあるスイートルームにいるはずだ。おまえ、ちょっと降りて様子を見てこい」

「不法侵入+プライバシーの侵害じゃないですか!」

「声がでけえんだよ。いいからさっさと行ってこい」

「えー……」


 渋る僕に対し、アビラさんは諭すように言い含める。


「いいか、これは不法行為じゃない、社会正義だ。今この真下で不正が行われているかもしれないんだぞ。それを世に知らしめるのがジャーナリズムというものだろうが」

「はあ……」

「メッサーラ男爵はいろいろと黒い噂のある人物だ。コウガは巨悪を見逃すのか? もしそうだというのなら実録タックルズにお前のような奴はいらない。職場放棄とみなして首だぞ」

「そんな……」


 ノイマ先輩と一緒に過ごすためにも実録タックルズを首になるわけにはいかない。

 ここは涙を呑んで不法行為に加担するしかないか。

 智拳印を結び真言を唱えた。


「煩悩即菩提」


 クナイをつけたロープで降り、雨どいを伝ってスイートルームの方へいく。

 もちろん隠形術で気配は消してある。

 体術スキルのレベルは上がっているので、案外なんとかなるものだ。

 忍者って意外とすごいかも!

 まるで日本で観たスパイ映画のようだぞ。

 スイートルームにはバルコニーがついていたので、そっと飛び降りた。

 よし、着地の音も消せているな。

 バルコニーには窓がたくさんついていたけど、どの窓にもカーテンがかけられていた。

 どこかに隙間はないだろうか?

 忍び足で奥に進み、ようやく部屋の中が覗けそうな場所を見つけた。

 中では酒宴が行われているようで、人々の笑い声が聞こえる。


「一般に女の性感帯は大きく分けて十五あると言われている。な、ここが気持ちいだろう?」

「いやあんっ♡」

「さすがはメッサーラ男爵、そのようなことにも造詣が深いのですな」


 ここに男爵がいるのは間違いないようだ。

 それにしても今の声、外国語っぽい訛りがあった。

 異世界転移に際してノッデル王国の言語は身に着けたけど、他の国の言葉まではわからない。

 ただ、イントネーションがおかしいのはわかる。

 アビラさんが正体を知りたがっていた接待役は外国人かもしれない。

 それにしても、ろくでもない会話をしているな。

 お楽しみの最中なら気づかれる心配はないか……。

 よし、思い切って中を覗いてみよう。

 僕は意を決してカーテンの隙間から室内を覗いた。

 テーブルの上には豪華な料理と酒杯が並んでいる。

 ソファーでふんぞり返っている小デブのおっさんがメッサーラ男爵だ。

 ちょび髭でいかにもスケベそうな顔をしている。

 二人の美女に挟まれていてご満悦の顔つきだ。

 女性はどちらもたいへんな美人で胸が大きくはだけた服を着ている。

 男爵は美女たちの体を交互に撫でまわして、やりたい放題だ。

 女性の方も男爵の太ももやあそこの上に手をおいてお返しをしているぞ。

 これはまさかの性接待というやつか!

 おっと、部屋の隅に護衛がいるな。

 鋭い目つきで、いかにも腕の立ちそうな剣士が二人だ。

 気配を消していても用心している奴がいれば見つかってしまうかもしれない。

 さっさと写真を撮って引き上げるとしよう。


「男爵、それでは私はこの辺で失礼します。どうぞお楽しみください」

「うむ、また後でな」


 あ、男爵と美女たちをおいて、接待役が部屋を出ていってしまうぞ、急がなきゃ!

 僕は夢中になってシャッターを切ったのだが、その焦りがいけなかったようだ。


「誰だ⁉」


 しまった、護衛に気づかれたか!

 物のついでにもう三枚だけシャッターを切る。

 窓を開けて室内に煙玉を三個放り投げて離脱した。

 軽い爆発音がして、スイートルームは煙に満たされている。

 女性の悲鳴やおっさんたちの咳き込む声が聞えたけど知るもんか。

 体術を駆使してもと来たルートを引き返した。

 これで手持ちの煙玉はすべて使ってしまったな。

 新しいのを作りたいけど、素材の代金は経費で落ちるのだろうか?

 アビラさんに掛け合ってみよう。

 ところが、僕がもどったときにはアビラさんの姿はどこにもなかった。

 爆発音を聞いていち早く一人で逃げたようだ。

 僕もこんなところでグズグズしてはいられない。

 人目につかないよう、大急ぎでその場を離れた。


 編集部へ戻ってくるとアビラさんは自分のデスクでタバコを吸っていた。

 僕を見て不機嫌な声を漏らす。


「ドジを踏みやがって、見つかってどうする」

「いやあ、勘のいい護衛がいまして。ていうか、一人で逃げるなんてひどいじゃないですか!」

「ああいうときはそうするもんだ。怪我はないか?」

「すぐに逃げたので大丈夫です」


 いちおう心配はしてくれるんだな。


「だが、接待役の正体がつかめなかったのが残念だったぜ……」

「あ、写真なら撮ってきましたよ」

「なんだと、早く出せ!」


 アビラさんは僕が何もせずに逃げ帰ってきたと思っていたらしい。

 あんまり忍者をなめないでほしいな。


 オーブを手渡すと、アビラさんはさっそく映像を空間に映し出した。


「あ、この男が接待役ですよ。気のせいかもしれませんが、外国人みたいです」

「そのとおりだ。こいつはミンドヒク王国の外交官だよ。おそらく自国の小麦を輸入してもらうための接待だろう」


 だったら普通の商談じゃないのか?


「それは違うぞ。他所から買った方がずっと安いのに、わざわざミンドヒク王国から買うんだ。リベートをもらうために国益を損なっているんだよ」


 なるほど、やはりあれは癒着の現場だったんだな。

 アビラさんはオーブをいじって次の画像を映し出す。

 うわっ、すごいものが写っているぞ!

 椅子にふんぞり返っている男爵の股間に女性が二人で顔を埋めている……。

 あ、次の写真は護衛が僕に気がついた瞬間だな。

 男爵は口を半開きにしたまま驚いていて、女性二人はそのままの格好だ。


「でかしたコウガ!」


 アビラさんは椅子から立ち上がり僕の背中をバシンと叩いた。


「いや、やばいですって。こんな盗撮、訴えられませんか?」

「ばーか、こっちが訴えられないために写真を撮って証拠を残しておくんだろうが。ミンドヒクの外交官の顔もはっきりと写っているし、こいつはすごいスクープだぜ」


 日本とノッデルでは法律も違うか……。


「よくやった。コウガはまだ試用期間だったな?」

「そうです。編集長からは、使えないようなら首にすると言われてます」

「安心しろ、本採用になるように俺からも口添えしてやる。だから今後も協力してくれよ」

「はあ……」


 アビラさんはご機嫌で記事をまとめにかかっている。

 結果的によかったのかな……?

 その後、この記事は特集として実録タックルズに掲載されることになり、その号は出版部数を伸ばすのだった。

 単に同誌掲載である『人気宿屋の女将が脱いだ! みんなが知ってるあの人です』のイラストが話題を呼んだだけだったかもしれないけど……。

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