第12話 張り込み
沼の魔女のところから編集部に戻ってきた。
ノイマ先輩はインタビューをさっそく記事にまとめている。
「コウガ君は挿絵部にオーブを持っていってください。サイズなどの詳細はこのメモにかいてあるんで、向こうの主任に渡してくるっス」
この世界の印刷技術はまだまだ未発達だ。
写真はそのまま載せることはできないので、絵にしなければならない。
そういったことや、埋め草と呼ばれるデザインなどを作るのが挿絵部の仕事だ。
僕は一つ上の階にある挿絵部の部屋を訪ねた。
「編集部の甲賀です。オーブをお願いします」
「おう。初めて見る顔だな」
「新人の甲賀錬です。よろしくお願いします」
「挿絵部チーフのトレント・カンヂだ」
カンヂさんはむっちりと巨大な手を差し出して握手してくれた。
身長は僕よりも低いが巨漢で、白いシャツにダボダボのズボンをサスペンダーで吊り下げている。
いがぐり頭に眉毛は太目、気のよさそうな笑顔をたたえた人だった。
「さてさて、なにを持ってきたんだ?」
渡したオーブをテーブルに置いて、カンヂさんは映像を空間に映し出した。
「こいつは沼の魔女だな」
先ほどのインタビューのときにスナップを何枚か撮らせてもらったのだ。
映し出された画像はソファーに浅く腰掛け、にっこりと微笑むクリスチーネ・ゴウダウニーである。
この写真を撮るために沼の魔女は何回も衣装を変え、何度もポーズを取り直し、やっと仕上がった一枚だった。
「詳細はこちらのメモに書いてあります。イラストに起こす際は必ずゴウダウニー先生の皺はとって、胸は盛るように念を押してくれと頼まれました」
「あいよ、皺取りと胸だな」
こうした依頼には慣れているのだろう、カンヂさんはメモを確認しながら、スッスッとペンを紙に走らせていく。
迷いのない筆致で、沼の魔女の肖像画がたちまちのうちにでき上っていくぞ。
実物のクリスチーネ・ゴウダウニーより魅力的なくらいだ。
「すごいですね、僕の大好きな絵師さんより上手かもしれない」
「こちとらこの道二十六年のベテランだぜ。それなりにテクニックはあるさ」
カンヂさんは画面から目を離さずにしゃべっていたけど、褒められて機嫌は良さそうだった。
「さあ、できたぞ。これでいいか確認してきてくれ。担当と編集長の了解がでたら印刷用のエッチングをするからな」
描いてもらった絵を持って編集部に戻ると、ノイマ先輩と編集長が話し合いをしていた。
「カンヂチーフから下絵をもらってきました。これでいいですか?」
編集長もノイマ先輩もうなずいている。
「じゃあ、また挿絵部に行ってきます」
「ちょっと待て、小僧。挿絵部にはノイマをいかせる。お前は使いに出てくれ」
「どこに行きますか?」
町の地理はまだぜんぜん知らないので少し不安だ。
「アビラには会っているな?」
ジョウカン・アビラさんは実録ナックルズのベテラン記者だ。
挨拶はもうすませている。
眠そうな顔をしていて、やる気のなさそうな印象を受けたけど、実はここのエース記者らしい。
「奴は張り込み中だ。この伝言を届けてくれ」
編集長は小さく折りたたんだメモ用紙を渡してきた。
「なくすなよ。場所は北西地区のホテル・カッソリート。シェル通りにある大きなホテルだから迷うことはないだろう。奴はロビーかバーにいるはずだ」
表に出ると町は午後の白っぽい光に包まれていた。
ごみごみしたパーラー通りを北へ向かう。
ブリンデル市は王城を中心に大通りを隔てて、北東地区・北西地区・南東地区・南西地区の四つに分かれる。
編集部があるのは南西地区で商業と住宅の地域だ。
それに対してホテル・カッソリートがあるのは北西地区である。
こちらも商業と住宅地域なのだが、南西より高級な土地みたいだ。
ようするに下町と銀座みたいな違いだね。
ちなみにダンジョンがあるのは南東地区で、その周辺部にはスラムが広がっている。
北東地区は高級住宅街で貴族の邸宅や富豪の屋敷が並んでいる。
沼の魔女が住むガモウ沼は北東地区をさらに北へいった場所だ。
東西大通りを渡って北西地区に入ると、街はずいぶん小ぎれいになった。
道も店も、人々の服装までもがこじゃれている。
場違い感を抱きながらも、人にたずねながらなんとかホテル・カッソリートまでやってきた。
徒歩で一時間以上もかかったけど、歩いている間は、ずっと隠形術を使った。
スキルはなるべく上げておきたい。
これも先輩を殺人鬼から守るためである。
なにが、僕のママになってよ、だ。
そんなマザコン変態殺人鬼に先輩を渡すものか!
門の前でスキルを解除して、僕はホテル・カッソリートに入った。
ホテルに入るとアビラさんを探した。
編集長はロビーかバーにいるだろうと言っていたけど、それらしい姿は見当たらない。
キョロキョロしていると後ろから肩を叩かれた。
「ばかやろう、目立つことをするんじゃねえ」
「あ、アビラさん」
「こっちにこい」
強引にバーの片隅に連れて来られてしまった。
「こいつにビールを頼む」
勝手に注文されてしまったけど、困ったな。
「僕、お金なんて持ってないですよ」
「俺が出す。何のようで来た?」
「編集長からこれを預かってきました」
メモを渡すと、アビラさんはちらっと読んでから灰皿の上で燃やしてしまった。
マッチやライターではなく、指先から炎を出していたぞ。
きっと火炎魔法なのだろう。
用心して燃やしたところを見ると、あのメモには人に知られてはいけない秘密が書いてあったようだ。
「アビラさんはこんなところで何をしているんですか? 張り込みって聞いていますけど」
「外務委員会の大物がここにきている。メッサーラ男爵という名を聞いたことがあるか?」
異世界人の僕が知っているわけがない。
僕は首を横に振った。
「俺のターゲットはそいつだ。奴はここのスイートで接待を受けているようだ」
「その情報はどこから?」
「ここのボーイに金を掴ませてある。ホテルっていうのはいい情報源なんだよ。そのボーイから連絡があったから間違いない。俺は誰が男爵を接待しているかが知りたいんだ」
実録タックルズはエロとかキワモノばかりを扱うと思ったけど、まともな取材もするんだなあ。
アビラさんはもそもそと立ち上がった。
「ちょっと代わってくれ。トイレに行ってくる」
「大臣の顔なんて知りませんよ」
「こいつだ」
アビラさんはオーブを取り出して空間に映像を映し出す。
スケベそうなちょび髭を生やしたオッサンが写っていた。
「こいつが出てきたら写真を取れ。ただし、目立つな」
「はーい……」
きっと切羽詰まっていたのだろう、アビラさんは急ぎ足でトイレへ駆け込んでいった。
僕は階段の方を注視しながらビールをすする。
でも、あんまり凝視していたらおかしいかな?
目立つなって言われたから隠形術で気配を消してみるか。
隠形術のレベルは7まで上がっているから、少しは役に立つだろう。
気配を断って見張りを続けているとアビラさんが帰ってきた。
真っ直ぐに僕のところへ来るかと思ったら、アビラさんはバーを見回してキョロキョロしているぞ。
気配を断っているから見つからないのかな?
ちょっと手を振ってみるか。
お、やっと気がついたぞ。
アビラさんが首をひねりながら近づいてきた。
「そこにいたのか。どういうわけか気が付かなかったぞ」
「自分のジョブは忍者なんですよ」
「おまえ、ギフテッドか?」
「まあ……」
「ニンジャと言えば情報収集のプロじゃねえか……」
アビラさんの目がギラリと光り、僕は悪い予感に寒気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます