第10話 同居生活


 目覚めると僕は知らない部屋だった。

 ここはどこだろう? 

 見覚えのない天井だけど、ダンジョンでないことはたしかだ。

 だって、なんだかいい匂いも漂ってくるから。

 まるで女の子の部屋みたいな……。

 緑色のビロードの張られたソファーで上半身を起こすと、だんだんと記憶がよみがえってきた。

 そうだ、昨晩はノイマ先輩の部屋に泊まったんだった。


「ふぁああ……!」


 奥の部屋で先輩があくびの音が聞えた。

 かわいらしくも無防備なその声にクスリと笑ってしまう。

 どうやら先輩も目を覚ましたらしい。

 今のうちに身だしなみを整えておこう。

 手で寝癖を直し、借りていた毛布をたたむ。

 しばらくすると寝室の扉が開いてノイマ先輩が現れた……。


「うえっ!」


 思わず変な声が出た。

 だけど先輩はのんびりしたものだ。


「ん……? ああ、コウガ君……、おはようっス……」


 先輩は寝ぼけているようだ。

 だがそれはいい。

 問題は先輩がパンティー以外なにも身に着けていないことだった。

 白いつるつるの肌がまぶしすぎる……。

 形、大きさ、張り、淡いピンクの先端、すべてにおいて完璧だった。


(10・0!)


 心の中で最高評価点を叫びながらも僕は慌てて視線を逸らす。


「先輩! 服、服!」

「服ぅ……? っ! うぎゃぁああああっ!」


 先輩は慌てて寝室に飛び込んでいった。

 昨日も感じたけど、ノイマ先輩は天然ボケの性質があるらしい。


 しばらくして着替えを済ませた先輩がバツの悪そうな顔で戻ってきた。

 僕もどんな顔をしていいかわからない、


「し、失礼したっス。コウガ君がいるのをすっかり忘れていたっスよ」

「僕の方こそすみません……」


 ありがとうございました、と言いかけて慌てて修正した。

 眼福だったので、ついついお礼の言葉を言いそうになってしまったのだ。

 なおも気まずい二人だったけど、先輩は場を繕うように朝の準備を始めた。


「コーヒーでも淹れるっス」

「お手伝いします」

「じゃあ、カップを出してもらえますか? そっちの棚にあるマグっス」


 僕らはコーヒーを淹れたり、ゆで卵を作ったり、パンを焼いたりして朝の準備を整えた。

 同棲生活の初期みたいでずっとくすぐったい気持ちでいっぱいになる。

 いいなあ、こういうの……。


「悪いけど料理は得意じゃないっス。期待しちゃダメですよ」

「じゅうぶんありがたいですよ。こうして誰かとゆっくり朝食を食べるなんて久しぶりですから……」


 こちらの世界に来てからずっと慌ただしかった。

 慌ただしかったというより死と背中合わせだったもんなあ……。

 まともな朝ごはんなんて初めてだよ。


「そういえば、コウガ君はギル横インに滞在でしたよね?」

「ええまあ……」


 本当は違うけど、野宿ですとは言いづらい。

 今日の仕事が終わったらダンジョンにでも潜ってみようか?

 危険はあるけど背に腹は代えられない。

 次の給料が支払われる週末までなんとか食いつながなければならないのだ。

 ところが、難しい顔をしていた先輩がとんでもない提案をしてきた。


「コウガ君……、もしだよ、もしかまわないんだったら、しばらくこの家に住んでみないっスか?」

「え……、でも、それは……」

「迷惑だとはわかっているっスが、私……怖いっス。通勤も、この部屋に戻ってくるのも本当に……」


 あんなことがあった後だ、先輩の気持ちはよくわかった。


「チェーンメイル越しだったとはいえ、スラッシャーのナイフの感触がこの胸に残っているっス。思い出すたびに震えがくるっス。誰かがそばにいてくれないと私は……」


 先輩は自分の体を抱きしめるようにして震えている。

 昨晩の恐怖がよみがえってしまったようだ。


「でも、僕でいいんですか? 付き合っている方とかは……」


 それとなく探りを入れてみる。


「彼氏なんていないっス」


 心の中でガッツポーズだ!

 ありがとう、異世界!

 僕はもっと頑張れそうだよ!!

 なんてすばらしい朝なんだ。

 先輩のおっぱいはまぶしかったし、コットンのパンティーは優しいレモンイエローだったし、先輩に彼氏はいないし、世界は希望で満ち溢れているぞ。


「近所に女友だちもいないッス。なにより、他の男は信用できないっスが、コウガ君は紳士っス! 一緒にいると……安心できるっス」


 僕の中で何かが燃え上がった。

 惚れた女を守るためなら、たとえ火の中水の中、それが忍者ってもんだろう?

 スラッシャーがなんぼのもんじゃいっ!

 僕は僕の忍道を貫く!!


「そのお話、お受けします。僕が必ず先輩をお守りしますよ」

「コウガ君、ありがとう」


 僕らはコーヒーカップで乾杯をした。


「今日は忙しくなるっスね。出社前に倉庫を片付けましょう。そこをコウガ君の部屋にするっス」


 このアパートの間取りは入ってすぐがキッチンダイニング、奥が寝室、その横に洗面台の付いたトイレ、倉庫になっている。

 倉庫の広さは三畳ほどで、ビジネスホテルのシングルルームよりさらに小さい。

 だけど、恋する忍者にとっては夢のようなスペースだ。

 倉庫に散らばっていた荷物をどかし、寝るスペースだけを作ってから出社した。

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