第4話 詐欺に遭った


 異世界転移一日目の夜は野宿だった。

 ギルド前の広場の石段に座ったり、寝転がったりして夜を過ごす。

 僕は温室育ちの日本人であるから、野外で寝る経験は初めてだ。

 硬い石の上だと、寝ているだけでも体が痛くなってくる。

 こんなことが続いたら体がもちそうにない。

 でも、ここには僕と同じ境遇の人が多いようで、ホームレスらしき人が他に何人もいる。

 しかも新参者の僕が気になるのか、ときどきこちらをじっと見つめていたりもするのだ。

 変なのに絡まれたらどうしよう?

 カツアゲなんてされないよね?

 現金はないけど、装備まで取られてしまっては生きていくのが難しくなりすぎてしまう。

 心配でたまらなかったので、隠形術おんぎょうじゅつで気配を消した。

 黒装束+スキルのおかげで、僕の体は闇に溶けていき、こちらを気にする人はもういない。

 隠形術ってかなり使えるスキルかもしれない!

 自分の能力にうれしくなった僕は石段の隅に隠れながら休息した。


 翌日からは激動の日々が続いた。

 詳細は省くが、僕は無事ポーターになれたのだ。

 当初の約束通り入場料も払ってもらい、初めてのダンジョンへも入ったよ。

 ダンジョン内部は石壁に石の床で、古代の神殿って雰囲気だったな。

 もっと暗いかと思ったけど、壁が発光していたので意外と明るくて、その点は大助かりだ。

 背中の荷物は重かったけど、第一層~三層までは怖いって感じもしなかった。

 なんとなれば僕にだって魔物の討伐はできそうだと思ったくらいだ。

 この世界は本当にゲームみたいで、魔物を討伐すると現金やアイテムがドロップされる。

 今後はダンジョンで冒険者としてやっていくのも悪くない、本気でそう思ったほどだ。

 自分が騙されたと知ったのは地下ダンジョンに潜ってから三日目のことだった。


「おい、おかしくないか?」


 同じくポーターとして雇われているソルさんが話しかけてきた。

 ソルさんはポーターの中ではいちばんの年上で、経験も豊富だから僕らの代表みたいな立場になっている。


「おかしいって、何がですか?」

「気がつかないのかよ、ここはもう六層だぜ」


 契約では、今回の探索は一層~五層までとなっていたはずである。

 だけど、冒険者たちはずんずんと先を進んでいて、引き返す様子はないようだ。


「どこまでいくのか、次の休憩のときにでも聞いてみよう……」

「そうですね。絶対にそれがいいですよ」


 第六層に入ってから明らかにモンスターの質が違ってきていた。

 これまでは冒険者の姿を見ると逃げ出す魔物ばかりだったのに、六層に入ってからは向こうから襲いかかってくるモンスターが増えたのだ。

 凶暴さが増すにつれ体の大きさも一回り大きくなっている。

 このまま進めばけが人が出てしまうかもしれない。

 僕たちは不安をぶつけてみたが、チームリーダーであるグイン・ポントラックの返答はのんびりしたものだった。


「わりい、わりい。つい欲が出ちまってさ。だけど戦闘は安定しているだろう? おめえらに手出しはさせないから、もう少しだけ付き合ってくれ、なっ。地上に戻ったら多少ご祝儀しゅうぎをはずむからさ」


 こう言われてしまうと言い返せるポーターは一人もいなかった。

 たしかにこの冒険者チームの腕はよい。

 ポントラックはマジックトラップの使い手で、魔物をトラップに誘い込み、動きを封じてから討伐する戦闘スタイルをとっている。

 現段階ではけが人も出ていない。

 ポントラックの言うように、まだまだ本当に平気なのかもしれない。

 こうして、僕らはずるずると退却を先延ばしにして、ついに第七層に突入してしまったのである。


 七層に入るとダンジョンは一気に様変わりした。

 相対的に冒険者の数が減り、魔物の数が増えてきている。

 しかも、出現する魔物はより凶暴に、より凶悪になっているのだ。

 そうした中でポーターの一人がけがを負い、僕らの不満は爆発した。

 ソルさんはポントラックに詰め寄る。


「契約では一層~五層の探索だったはずだ!」


 ところが、ポントラックは冷たく言い放つ。


「帰りたかったら帰っていいぜ。俺たちグランソードは第十三層を目指す」


 第十三層って、たしか凶悪な魔物が徘徊しているんじゃなかったか?

 それに、僕らを雇ったのはラッキーソルトというCランクチームだったはずだ。

 グランソードなんて名前は初めて聞いたぞ。

 何かを察したのかソルさんが震えながら質問した。


「アンタらまさか、サイクロプスを狙っているんじゃ……」

「そうともさ! 俺たちグランソードはサイクロプスを討ち取って五〇〇万ゴールドとAランクチームの称号を手に入れるのさっ!」


 騙された!

 凶悪な魔物が暴れている深層に行こうというポーターはなかなかいない。

 だからこいつらは名を騙り、仕事内容を偽って募集をかけたというわけだ。

 だけど、気がついたところでもう遅かった。

 帰りたければ帰れ、そう言われたところでポーターの僕たちだけでは不可能だ。

 ここはもう七層なのだから。

 リーダーのポントラックは傲然と言い放った。


「給金はきちんと支払ってやる。死にたくなかったら、お前たちはおとなしくついて来ればいいんだ」


 目の前が真っ暗になる思いだった。

 周囲のポーターたちも悲嘆に暮れている。

 はたして生きて地上に戻ることはできるのだろうか?

 求人情報と労働条件が違うことはよくある。

 就職活動でもそう教えられてきたよ。

 だけど、生命の危機がかかるほどの乖離に直面するとは予想もしなかったな。

 悲嘆にくれるポーターたちの中で僕は自分でも驚くほどに落ち着いていた。 

 そう、僕はポーターである前に忍者なのだ。

 忍者は冷徹に現実を見つめなければならない。

 嘆き悲しんでいる暇なんてないぞ。


煩悩即菩提ぼんのうそくぼだい


 智拳印を結んで真言を唱えると、心が静まり勇気が湧いてきた。

 絶対に生き残ろう。

 今ある自分の武器を総動員して、なんとしてでも地上に戻るんだ。

 そして、もう二度とダンジョンには潜らない!

 僕はそう心に誓った。

 肚が決まるとやることの優先順位は見えてくる。

 隠形術で気配を消しつつ、僕はポーターに交じって安全な位置に陣取って歩き始めた。

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