第3話 冒険者ギルド


 とりあえず街を散策することにした。

 敵を知り己を知れば百戦危うからず、ともいう。

 情報は大切だ。

 それに時間を無駄にするわけにはいかない。

 時間と言えば、この世界の時間法則は地球のそれとほぼ一緒ということが分かっている。

 一日は二十四時間で、一年は三百六十五日だ。

 こちらはロリ神様よりの情報である。

 ブラブラと大通りを歩いていくと、大きな鉄板の上でパンのようなものを焼いている屋台があった。

 キツネ色をしたパンは香ばしい匂いを漂わせている。

 ニンニクやハーブの香りもしているな。

 生地に練りこませているのかもしれない。

 なるほど、この世界ではああいったものを食べるのか……。

 その向こうでは小さく切った肉を串にさして焼いていた。

 どうやら羊の肉のようだ。

 スパイシーな香りが鼻腔をくすぐる。

 その向こうは焼いた大きなナッツを売っているぞ。

 焼き栗に似ていなくもない。

 香ばしく焼き上げたナッツにトロリとした蜜をかけていて、実に美味しそうだ。

 その向こうはカットフルーツか……。

 って、食べ物はもういいんだよっ!

 一文無しにとってこれは地獄である。

 なんとしても金を稼いで食料と寝床の確保をしたい。

 どこかに仕事はないかと注意を払いながら歩いていくと、通りの名前を記した看板が目に付いた。


『ダンジョン・ストリート』


 やっぱりここはダンジョンのある剣と魔法の世界のようだ。

 カットフルーツを売っている屋台のおじさんに道を確認した。


「すみません、ダンジョンはあっちですか?」

「ああ、ここから真っ直ぐ二〇〇メートルくらいだ」


 まだ冒険者になると決めたわけじゃないけど、とりあえず行ってみよう。

 ひょっとしたら僕の職場になるかもしれないからね。

 職を求めて僕はダンジョン方面へと歩き出した。


 ダンジョンの入口はすぐに分かった。

 大きな看板が出ていたからだ。

 円形の古墳みたいな丘の下に、地下へと続く入口があった。

 武器や鎧を装備した人々はその入り口で金を払って中に入っていく。

 入場料は一〇〇ゴールドと書いてある。

 なんてこった! 一ゴールドも持っていない僕は地下ダンジョンに潜って稼ぐこともできないではないか。

 これはいよいよ真剣に今後を考えなければならないようだ。

 日本での就職活動なんて目じゃないぞ。

 今なんとかしなければすぐに飢餓が襲ってくるのだ。

 ダンジョンから出てきた冒険者たちの声が耳に入った。


「飯の前にギルドへ寄っていこうぜ」

「掲示板を見に行くのか?」

「ああ、いい依頼があれば確保しときたい」


 しめた! この人たちについていけば情報が得られるかもしれないぞ。

 僕は隠形術を使ってそっと二人の後ろに忍び寄る。

 スキルによって気配は消えているので僕のことはまったく気づかれていない。

 スキルは使えば使うほどレベルが上がるのでいい訓練にもなるはずだ。

 前を歩く二人は僕に気づかず会話を続けている。


「ここのところ不景気だなあ」

「十三層のサイクロプスが冒険者を殺しまくっているせいだ」

「一つ目の巨人だな。そんなのがうろついていたら安心して探索ができねえよ」

「高ランク冒険者が退治してくれればいいんだが、奴は知恵が回るようで、強いやつらには手を出さねえんだよ」

「迷惑なやつだ」

「だが、ギルドがようやく報奨金を出すことに決めたんだ。近々討伐されるだろう」

「報奨金の額は?」

「五〇〇万ゴールドだ」

「ふーん……」


 冒険者の一人が考えこんでいる。


「どうした? まさか俺たちで討伐をしようなんていうんじゃないだろうな?」

「やると言ったらどうする?」

「バカか。相手はサイクロプスだぞ。少なくともBランクのチームじゃなきゃ太刀打ちできねえよ。俺たちのランクはなんだ?」

「D……」

「そういうことだ、夢を見るのはやめておけ。寿命が縮むぞ」

「はぁ、五〇〇万ゴールドあればなあ……」


 冒険者は大きなため息をついている。


「そんな危険を冒すことはないって。俺たちは五層あたりまでの探索でコツコツやればいいんだよ」

「そうだなあ……」


 片方の男はまだ諦めきれていないようだ。

 だが有益な情報が得られた。

 第十三層辺りには危険なサイクロプスという魔物がいること、そして五層までなら比較的危険はないということだ。

 特に、後者の情報は僕にとってありがたい。

 問題はダンジョンへの入場料をどうするかだけど……。

 ほどなくクリーム色をした箱型の建物が見えてきた。

 どうやらあれが冒険者ギルドのようで、武器を装備したいかつい男女が大勢出入りしている。

 僕も二人の後に続いて建物の中に入った。


 入ってすぐのところは大きなホールになっていた。

 ドーム型の天井で内部はかなり広い。

 通路の壁には新聞が張られており、冒険者たちの活躍なんかが載っている。

 紙面は粗いけど、この世界にも印刷技術はあるようだ。

 奥に進み、壁の一画が掲示板になっているところまで来ると僕は二人の冒険者から離れた。

 掲示板には無数の紙片が張り付けてあった。

 ここは公の依頼ボードではなく個人間の連絡板のようだ。

 ちょっと内容を読んでみよう。


『前衛募集! 大盾を持っている人大歓迎。Cランクチーム・クルボア』

『センロ草を買い取ります。一〇〇グラムで九八ゴールド アスレイ通り 薬のバルン堂』

『ルーガスの牙を求む。買い取り価格:一万ゴールド。武器の店 ダンク インパラ通り』


 こうして見ると仕事は多いようだ。

 だけどいきなり冒険者になってやっていけるのだろうか?

 忍者というジョブに魅力と可能性は感じるけど、ここはゲームの世界ではない。

 死ねばそれまで、やり直しは効かないのである。

 迷いながらもさらに張り紙を読んでいると、いい感じの募集を見つけた。


 ポーター募集

 一層~五層の探索。重さ二〇キロ程度の荷物を持ってもらいます。

 期間は七日~十日。給料は一日につき六〇〇〇ゴールド。

 水、食料、入場料を支給。

 定員はおよそ十名。人数が多い場合はその場で選考します。

 参加者は○月×日△時 ギルド左出口前に集合してください。

 冒険者チーム・ラッキーソルト


 他の張り紙より募集内容が詳細なところが安心できる。

 五層までなら比較的安全だという話だったよな。

 なにより入場料まで支給されるのが僕の心をくすぐった。

 見たところ、ポーターの日給は五五〇〇ゴールドから六二〇〇ゴールドが相場だ。

 たまに一万ゴールドを超える募集もあるけど、それは一〇層以下の深部に行く場合であって危険手当も含まれているようだ。

 初心者の僕はそんなところに行く気はない。

 その辺にいた人に確認すると、集合の日時は明日だとわかった。

 ニンジャ飯と水筒の水もあるので、今夜一晩くらいなら野宿も平気だろう。

 まずはポーターとして参加してダンジョンがどういうところかを学んでみよう。

 我ながら賢い選択じゃないか!

 そう考えた僕は間抜けだった。

 そう、異世界はそんな甘いところではなかったのだ……。

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