第2話 忍者でござる
気がつくと僕は見知らぬ街に立っていた。
オレンジ色の瓦屋根、異国情緒あふれる石畳、馬車、人の顔つきや服装、すべてが日本と違っていた。
中世ヨーロッパ風?
いや、文明のレベルはもっと発達している気がする。
きっと近代初期くらいにはなっているんじゃないだろうか?
道の両端には街灯らしきものが立っているし、店のショウケースにはガラスも張られているのだ。
お、子どもを連れた女性がこちらへ歩いてきたぞ。
「ジョセフィーヌちゃん、走ってはいけませんよ」
「うきゃっきゃー!」
わかる! わかるぞ!
こちらの言語も日本語を理解するように聞き取れる。
僕は周囲に目を配り、目についた看板を読んでみた。
『ロンメル武器店 良質な武器のお取り扱い 買い取りもやっています』
リスニングだけじゃなく、文字を読むこともできるようだ。
おそらく書くことも問題ないだろう。
先ほどジョセフィーヌちゃんと呼ばれていた女の子が僕の方へ走ってきた。
そして僕を見上げて不思議そうに首を傾げる。
「や、やあ、こんにちは」
異世界人とのファーストコンタクトだ。
相手は小学校三年生くらいの少女だけど緊張してしまうな。
少女はつぶらな瞳を大きく開けて質問してきた。
「お兄ちゃんはどうして全身黒い服なの?」
黒い服?
僕は白いTシャツに紺のパーカーを羽織っていたはずだけど……。
「あれ?」
何と僕はジョセフィーヌちゃんの言うとおり真っ黒な服装になっていた。
これはいわゆる忍び装束というやつに違いない。
足に履いた足袋まで真っ黒である。
「これはね、忍者の格好なんだ」
「忍者?」
「忍者というのは……ジョブのひとつなんだけど、ジョブってわかるかな……?」
こんな説明でわかってもらえるわけないか、そう思ったんだけどジョセフィーヌちゃんの反応は違った。
「すごい! お兄ちゃんはジョブ持ちなんだね」
「ま、まあ……」
「私も結婚するのならジョブ持ちの男としなさいって言われているの」
「そうなの?」
子どもの冗談かと思ったけど、お母さんもコロコロと笑っている。
「あらやだ、この子ったら、おほほほ」
この世界ではジョブを持っている人間は尊敬されているようだ。
「さあ、行きましょう、ジョセフィーヌちゃん」
「はーい。バイバーイ、忍者さん」
「さらばでござる」
なんとなくだけど、忍者っぽくカッコつけちゃった……。
母娘が去ると僕は目についた公園のベンチに座り、改めて自分の持ち物を確認した。
初期装備というのかな?
忍者の持ち物はいろいろあった。
黒装束の上下に黒い足袋、覆面用の黒い布もあるけど、今は首に巻いている状態だ。
黒装束の下にはベストタイプのチェーンメイルを着込んでいる。
実戦で使ったことはないので詳細はわからないけど、防刃効果は高そうだ。
次に武器。
メインウェポンはクナイである。
全長二〇センチ強、先端がとがった爪状で持ち手の後ろは輪状になっている。
ナイフのように使うだけでなく、輪にロープを通して壁を登る際の補助として使用したり、穴を掘ったりするのにも便利だ。
輪の部分に水を張り、レンズの代わりにして火を起こすこともできるぞ。
まさに多機能なサバイバルナイフって感じである。
サブウェポンは忍者らしく手裏剣だ。
こちらは三枚ある。
他にもロープ、煙玉×三、ニンジャ飯(丸薬状で一つ二〇〇カロリー)×八、水筒(五〇〇ミリ)があった。
なかなか充実した装備に満足したけど、僕はすぐに暗澹たる気持ちになってしまった。
だって肝心かなめの現金が一つもなかったからだ。
こんな見知らぬ世界に送り込まれて、一円もないままにどう過ごせばいいというのだろうか?
なんとなくだけど、元の世界に帰れなさそうなことはわかっている。
小声で何度も呼びかけたけど、ロリ神様は答えてくれないのだ。
こういう場合って、やっぱり冒険者になるのがいいのかな?
僕が読んだことのあるライトノベルや漫画の場合、異世界に来た転移者の多くはその能力を活かして冒険者になっていた。
無敵のチート能力を活かしてダンジョンを踏破して、富とハーレムを手に入れていたもんな……。
とりあえず僕もその可能性を模索するべきかもしれない。
だけど、いま一つ自信がないんだよね。
だって、僕が持っているのは特別な装備ではないから。
便利ではあるけど、いたって普通のアイテムばかりなのだ。
それにスキルの問題もあった。
念ずると自分のスキル一覧が見られるのだけど、こちらもパッとしないものばかりだ。
体術:レベル1 縄抜け:レベル1 手裏剣:レベル1 隠形術:レベル1
智拳印:印を結んで「煩悩即菩提」と唱えると迷いが消えて勇気が湧く。
即死攻撃:首はね:刀(ブレード)を装備したときだけ1%
あえて言えば即死攻撃は強力そうだけど、確率的には百回攻撃して一回の即死だ。
これって、能力的にどうなのだろう?
そもそも刀なんて持ってないし。
もっと言えば、そんな殺伐とした生活は送りたくないんだよなあ……。
でも、ここでうじうじしていてもどうしようもない。
日本に帰る方法なんて検討もつかないのだ。
だったら今この瞬間を生き延びることだけ考えよう。
僕は左手の人差し指を右手で握って智拳印を結んだ。
「煩悩即菩提」
なるほど、スキルの効き目は高く、心が落ち着いて勇気が湧いてきたぞ。
そう、日本にいたときとやることは変わらない。
生きていくために仕事を見つけて金を稼ぐんだ。
心が定まった僕は元気にベンチから立ち上がった。
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