実録タックルズ 忍者のジョブをもらった僕は異世界でゴシップ誌の記者をはじめました

長野文三郎

第1話 困ったときの神頼み


 梅雨の湿った空気の中で、僕は内定を渇望していた。

 容赦なく始まった就職戦線は停滞することなく加速度的に過ぎ、同期の中でも内々定をもらう友人が増えてきている。

 そのような状況の中で僕に声をかけてくれる企業はいまだにゼロだ。

 これも消極的な性格が影響しているのだろうか?

 就職とはすなわち、社会における居場所の獲得である。

 居場所も定まらないまま学校を放り出される事態は何としてでも避けなければならない。

 状況を打開するためにはなにか策を練らなくてはなるまい、と考えた僕は近所の小さな神社にやってきていた……。


「神頼みかよっ!」

 

というツッコミが聞こえる。

いやね、他力本願であることは自分でもわかっているんだよ。

でもさ、『溺れる者は藁をもつかむ』なんてことわざだってあるじゃない?

藁をつかむよりは、神さまに縋る方がマシかなあ、なんて考えたわけですよ。

だって、就職の不安って、いくら頑張っても尽きないんだよね。

 ちゃんと就職できるのだろうか? に始まって、ブラック企業に入ってしまったらどうしよう? ときて、人間関係で困らないかな? なんてことも頭をかすめたりね。

 願わくば、やりがいのある仕事に就きたいものだけど、意に沿わない汚れ仕事をやるはめになったりしないかな?

 我ながら、でもでもだってチャンになっているなあ……。

 まあこのお参りも決意を新たにするための儀式みたいなもんだ。

 ここで神さまに決意表明をして、自分に気合を入れるとしよう。

 賽銭箱に五円玉を入れ、僕は手を合わせた。


「どうか就職がうまくいきますように。なにとぞよろしくお願いいたします!」


 たった五円で人生の成功を祈願するなんて、我ながら虫のいい話だとは思う。

 とは言え、賽銭箱に百万円の札束を突っ込んだところで、成功の確率は上がらないはずだ。

 祈りとガチャは本質的に違う。

 相手は神であり、SSRを出し惜しみする運営とは違うのだ。

 ならば、このささやかな五円に乗っかれるだけ乗っかってみようではないか!


「なにとぞ、なにとぞ、なにとぞぉっ!」


人生の中でいちばんといっていいくらい熱心に祈った。

子どもの頃は親に誕生日プレゼントをねだることさえ遠慮する僕だったが、このときばかりはふてぶてしく食い下がった。

それくらい切羽詰まっていたのだろう。


「なにが、決意表明をして、自分に気合を入れる、だ。しっかりお願い事をしているじゃないか!」


 というツッコミが聞こえる気がした。

 だけど、本当に聞こえてきたのは神様の声だった。


「その願い 叶えてやろう」


 気が付けば僕は五色の雲に取り囲まれて、神様らしき女性と対面していた。

 神さまの年齢は十二歳くらいに見えるが、きっとそれ以上なのだろう。

 ありていに言えば、ロリ神様だな……。

巫女さんが着るような赤と白の服を着ていて、首には勾玉がジャラジャラとついたネックレスをつけている。

 子どもがコスプレをして遊んでいるようにも見えるけど、朱にひいたアイラインは妙に大人びても見える。

 神様は興味津々といった瞳で僕のことを見据えた。


「よう参った。立身出世を望む者は大勢見てきたが、これほど図々しく祈る若者は近年稀じゃ。気に入ったぞ」

「きょ、恐縮です」


神さまオーラがすごすぎて面接よりも緊張してしまう。

人事課の人なんて、この迫力に比べたらたいしたことはないほどだ。


「さて、そなたは就職を望んでいるのだな。私がそなたの願いを叶えてやろう」


 この言葉に僕は飛び上がらんばかりに喜んだ。


「というと、一部上場企業の商社、直属の上司は厳しいながらも相手を思いやることができるお姉さん系という僕の夢が叶うのですね!」


 神様は難しい顔をした。


「何を言っているのかぜんぜんわからんな……」

「違うのですか?」

「そなたの望みは就職であろう?」

「そのとおりです」

「就職と言えば仕事、仕事と言えばジョブである」

「はあ……」

「神といえども異国の言語をきちんと学んでおるのだ。ゲームとやらも履修済みよ」


 神様は薄い胸を張って威張ったけど、僕は湧き上がる不安に苛まれた。

 間違ってはいない。

仕事を英語にすればジョブ(job)とかワーク(work)になる。

 この二つのニュアンスはちょっと違っていて、ジョブが専門的な職業や地位などを意味するのに対し、ワークは包括的な業務や雑務をあらわすそうだ。


「というわけで、そなたには役に立つジョブを与えるとしよう」

「ありがたい話ですが、具体的にはどのような?」

「忍者だ」


 それをエントリーシートの資格欄に書けとでも?


「どうして忍者なのですか?」

「好きなのだ」

「誰が?」

「私が」


 つまり、僕は神様の趣味で忍者になるのか?


「大変ありがたい話なのですが、忍者というのはちょっと……。どのように稼いでいいかもわからないですし」

「うむ、それは私もわかっている」


 わかっていたんだ!

 ちょっとだけ安心したよ。


「それなら……」

「あいや、みなまで言うでない。『職業選択の自由』は憲法でも保証されていることは履修済みぞ。必ず忍者になって生活費を稼げとは言っておらん。忍者というジョブはあくまでも私の趣味だ」


 神様の趣味に付き合わされている俺っていったい……。


「それじゃあ商社へ就職は……」

「好きにすればよい。私は関知せぬ」


そっちは助けてくれないんだ。

あくまでも忍者というジョブをくれるだけらしい……。

うん、まったく意味が分からない!

混乱する僕に神様はにこやかに告げた。


「では出発しようか」

「出発?」

「もちろん剣と魔法のファンタジー世界ぞ」

「VRか何かですか?」

「ガチのリアルに決まっておろうが。男の子って、そういうのが好きなのだろう?」

「それは人によりま――」


 僕の叫びは最後まで続かない。

 軽い嘔吐感に続き意識の混濁が起きる。

 神様、違うんです! 

魂の叫びは行き場をなくして心の中だけで反響する。

 気を失う前に僕の脳裏によぎったのは『触らぬ神に祟りなし』という言葉だった。

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