012: 褐色の神殿

 黒い火山の麓に例の神殿が建っていた。形は同様だったが色は草原のものと違い、血に汚れたような褐色だった。輝きも薄く、錆びた金属のような質感だ。


「機械みたいな建物ね」


 コウが言うと、ライラが火山の向こうを見やる。


「セペルフォネが近いからかな。建築にドワーフが関わっているとか」


 そして彼女は、あの使い古したノートにペンを走らせた。

 レーセネから出てヴィルヤンド火山を経由する道の先には、ドワーフが住むセペルフォネという都市がある。鍛冶設備が整っているため、生産スキルを高めたいプレイヤーも拠点とすることが多い街だ。

 あちこち見回すイヅルたちを置いて、カナギはさっさと扉に手をかけた。


「とりあえず中に入ろう。ここでモンスターに囲まれるより、中の方がよっぽど安全だ」


 三人は揃って頷き、カナギの後をついて神殿に入った。

 内部も隅々まで褪せた茶色だった。草原の神殿が汚れを許さぬほどに白かったのと比べると、ここは随分と古ぼけた印象を受けた。


「迷宮に入る前に一度情報共有しよう。コウは今回が初めてだしな」

「ぜひお願いするわ」


 カナギの言葉にコウは腕を組んで聞く姿勢を取った。下手打てば死ぬ戦場を前にしても威張ってみせる彼女は、なかなかの逸材かもしれない。

 カナギは前回の迷宮攻略の様子を説明した。新しいモンスターや状態異常、そして長い迷路とそこに張り巡らされた罠の話をし、いよいよボスに言及すると、コウは首を傾げた。


「それって、ボスがミノタウロスだから迷宮なんじゃない?」


 カナギはきょとんとしてイヅルを見た。疑問の視線を注がれても答えられないイヅルは、受け流すようにライラに顔を向ける。


「たしかにミノタウロスといえば迷宮だけど、迷宮といえばミノタウロスというわけじゃない。それに、伝統的な迷宮は迷路とは違う。迷うことはないし、もちろん罠もない。……だから、あの迷路とボスの関連性は見いだせない、かな」


 ライラは待っていたかのように、まるで学術書のような言い回しでよどみなく答えた。

 彼女がイヅルと同い年だとしたらまだ高校生のはず。しかし垣間見える神話への情念は、たった十数年生きただけで得られるものとは思えなかった。

 コウは引き下がるそぶりを見せたが、それをライラが止めるように口を開いた。


「でも、ミノタウロスを示す情報はあった」

「そうなの?」


 コウが目を丸くする。ライラは、普段の少女らしい表情を消したまま続けた。


「それは地名。あの神殿があったのは、アステリオ草原。アステリオというのはきっと、ミノタウロスの別名、アステリオスから来ている……と思う」


 カナギが身を乗り出した。


「じゃあヴィルヤンドという地名にも何かが……?」

「それは分かりません」


 ライラは首を振った。しかし藍色の目は、まだ深い思索を続けているようだった。


「結局、今回のボスについて分かってることは、狼の姿でATK特化ってことだけか」


 カナギは残念そうにするでもなく、淡々とそうまとめた。


「たった一撃食らうだけでも致命的かもしれませんよ。その点、どうなんですか」


 イヅルがコウを試すように言うと、彼女は鼻を鳴らして胸を張った。


「隠密は得意よ。だって私、神殿から出てくるあんたたちを見てたんですもの」

「え?」


 カナギがきょとんとした。イヅルは、命の迷宮から出てきたときに耳にした異音を思い出した。


「命の迷宮から出たときに足音がしたような気はしたんですが、まさかそれが……」

「私よ。気配すらなかったでしょ」

「俺も気が付かなかった」


 カナギすらも感嘆しコウはますますふんぞりかえる。眉を寄せつつも、イヅルは彼女の力を認めざるを得なかった。


「ATK特化なら俊敏じゃないだろうし、俺は自力で回避できそうだ。動きを見極める時間は欲しいが……。イヅルはどうだ?」

「僕も動きが分かれば回避くらいできますよ。駒を使って様子見をしましょう」

「ありがたい。それで……」


 次にカナギの視線を受け、ライラはおろおろとした。


「私は……すみません」

「ライラは私が守るわよ」


 すかさずコウがライラを庇うように一歩出た。そして袖から勾玉を取り出し、周囲に浮かべる。


「この八つの勾玉の中に居れば姿を消せるの。二人なら余裕だわ」

「じゃあ、ライラはコウに任せよう」


 カナギはそう言ってイヅルを見た。その視線は言外に、「ダイアナを使うな」と語っていた。

 そして四人は神殿の地下に入り、また長い道を歩き始めた。


「狼……ヴィルヤンド……」


 ライラはずっと地名と天使のつながりを考えているようだった。戦闘面で足を引っ張っていると自責しているらしく、それ以外で挽回しようと必死になっているようにみえた。

 そんな彼女を守るようにぴったりとコウが横に付き、先頭はカナギ、殿はイヅルが務めるいつもの形で進んだ。

 出てくるモンスターは草原と変わらず、ジェムアーマ―という騎士風のモンスターだけだった。ラビリンスジェムがいくつか落ち、カナギがそれらを仕舞った。

 そして迷路に行きつくと、今度はイヅルが活躍する番だった。スケルトンを次々犠牲にし、褐色の道をひたすら進んだ。

 ネクロマンサーは楽だ。死んだ奴を駒にすれば罪悪感も無い。

 また一体罠にかかって消えた。その感覚は、遊んでいた人形が壊れたときの落胆に似ている。

 命を弄ぶ術をイヅルは気に入っていた。

 自分を斬ることにも抵抗は無い。イヅルにとっては、自分自身も死者なのだった。

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