010: 二人の少女
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気配が遠のいていくのを感じ、イヅルはアンデッドの召喚を解いた。
狐耳の少女が脱力して座り込む。彼女を心配するように寄り添うライラが、その安全を確認してイヅルの方を向いた。
「ありがとう。巻き込んじゃってごめんね」
「大丈夫。ライラが無事で良かった。それより、その人が例の……?」
イヅルが尋ねると、ライラは暗い顔で頷いた。
「この子がコウだよ。私の友達」
狐耳が目立つ姿。おそらく彼女はINT特化の狐のビーストだ。
珍しく思ってイヅルが眺めていると、その視線に気が付いたのか、気の強そうな金の瞳がじろりとイヅルを見上げた。
「言っとくけど、助けてくれてありがとうなんて言わないからね」
いきなりつんけんとした物言いをされ、イヅルは眉が寄るのを抑えられなかった。一気に空気がひりつき、ライラがあたふたする。
「イヅル! ええと、カナギさんは……?」
明らかに話を逸らされたものの、イヅルはため息を吐いて大人しくその話題に乗った。
「大通りでの捜索をお願いしました。もう少し早く合流すると思ったのですが……」
そう言いながらイヅルは、あの少年の「腑抜け」という言葉を思い出していた。
彼はそうなる前のカナギを知っているのだろうか。たまに見せるカナギの厳しい顔も、何か理由があるように思えてならなかった。
そのとき、住宅の上からちょうどカナギが現れた。
「いやあ、すぐに出ていこうと思ったんだが、なんかイヅルが俺を庇ってくれてたから」
彼は軽い音を立てて着地し、微笑ましいものを見るような目をイヅルに向けた。ライラも緩い笑顔になってこちらを見るので、イヅルは険しい顔をしたまま何も言えなくなる。
「カナギ? あんたが?」
そう呟いたのはコウだった。彼女は呆然とカナギの姿を見ていた。
不思議そうにカナギが瞳を向ける。
「ああ。もしかしてスピネラから何か聞いたか?」
「……まあね。そんなところ」
含みのある物言いだった。イヅルは少し引っ掛かったが、当の本人であるカナギは気にしていない様子で、問いただせるような空気ではなかった。
「そうだ。向こうにも怪しいのがいたぞ」
カナギの一言で再び場が緊張した。項垂れていたコウも背筋を伸ばす。
「広場に蛇を連れた男がいた」
「蛇……それって」
ライラがちらりとコウを見た。視線を投げかけられた彼女は頷き、金に輝く獣の目を細めた。
「ヤマトだわ。間違いない。広場ってことは……私の潜伏場所までお見通しだったってことね」
悔しそうな彼女にイヅルは尋ねた。
「ここまで僕たちを巻き込んだんです。そのヤマトとかいう人について聞かせてください」
コウは一瞬ためらうような仕草をした。ライラがその手を取って、安心させるように言う。
「この人たちは悪い人じゃないから、大丈夫」
それを聞いてやっとコウは頷いた。
「分かった」
そして路地裏の静けさの中、彼女は息を吸って語り始める。
「私とライラ、そしてヤマトは『ゆきみの館』で神話の研究をしていたの。その神話の中には種族が三つに分かたれるというものがあって、属性もまた分かたれたものなんじゃないかと私たちは考えた。そして試行錯誤を繰り返し、三つの混合武器を作ることに成功した」
彼女は息を吐いて立ち上がった。スピネラの魔女帽と同じ色の羽織が翻る。
「私の武器はこれ。……炎と氷の力を宿す【神玉ヤツガタマ】。霧を起こして姿を隠すのに使えるの」
彼女の袖の中から八つの勾玉が現れて浮遊した。深紅と薄藍が入り混じり、古めかしい雰囲気をまとっている。
ライラを連れ去ったときの霧は、この武器によるものなのだろう。
「私のもライラのも、支援には使えるけどそれほど強力じゃないの。でもヤマトの武器は……格別だった」
コウは悔しそうに吐き捨てた。憎々し気に、狐らしい瞳が歪む。
「あいつの武器は【神剣ムラクモ】。雷と氷の力を備えていて……振れば災害を引き起こす剣よ」
「ちょっと待ってくれ」
割り込んだのはカナギだった。
「広場で見た男は、そんな大層な剣なんて持ってなかったぞ」
その言葉にライラは俯き、コウはますます顔を歪めた。
「そりゃそうよ。あいつはその剣を……モンスターに食わせたの」
カナギは息を呑んだ。イヅルも耳を疑った。
三人の研究の成果、世界で唯一無二の宝を、モンスターに食わせた。
正気の沙汰じゃない。ここにいる誰もがそんな表情を浮かべていた。
「あいつはテイマーなの。そして好奇心を満たすためならなんでもする男だった。……だから気づいた。モンスターに武器を食わせれば、その力をモンスターに移すことができるということを」
「つまり……」
イヅルは唾を飲み込んで言った。
「災害を引き起こすモンスターが誕生した」
コウとライラは揃って頷いた。
しばらく沈黙が流れ、考え込むように顎に手を当てたカナギが苦々しく言った。
「街中で暴れられたら、それこそ災害だ」
それを聞いたコウは、決意のこもった視線をイヅルたちへ向ける。
「あんたたちは街を出て行くんでしょ。私も連れていきなさい。そうすればヤマトも街から離れるでしょ」
「……はあ?」
イヅルは反射的に声を出してしまった。すかさず、金の瞳が鋭くなる。
「だから、あんたたちに着いていってやってもいいって言ってんの!」
「なんで上から目線なんですか」
尊大なコウにイヅルが眉をひそめると、苦笑いのライラが分け入って頼み込んだ。
「ちょうど魔法使いが欲しいって話をしてたでしょ? コウは適任だよ。なにせ、スピネラさんとマサさんの二人から魔法を教わったんだもの」
それを聞いた途端、カナギの顔を一瞬暗い影が覆う。しかし彼はすぐに元の快活な顔になり、明るい声で言った。
「俺は賛成だ。イヅルは?」
はっとしてイヅルはコウに視線を移す。その本気の顔を見つめながら、イヅルは神妙に彼女に問いかけた。
「死ぬかもしれませんよ」
コウは頷いた。彼女の瞳は揺るがなかった。
「私は命なんて惜しくない。ライラのためなら」
彼女の決意にライラは微笑んだが、どこか悲しそうにも見えた。
「……分かりました。では、四人で次の迷宮へ行きましょう」
イヅルがそう言うとコウの顔がぱあっと明るくなった。その素直さに、イヅルもつい苛立ちを収めてしまう。
「そうこなくっちゃね!」
そして彼女はライラの手を引いて駆け出した。狙われている立場だというのに、ずいぶん気楽そうに見えた。
それほどライラが大切なのだろうか。イヅルは内心首を傾げながら、慌てて二人を追いかけた。
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