008: 会議と報告
マサと呼ばれたその人は慣れた手つきで着物を整え、椅子に座った。そして背筋を伸ばし、イヅルに向かって淑やかにほほ笑む。
「あなたは初めまして、ですよね。うちはマサといいます。『ゆきみの館』に所属する仕立て屋です」
その喋り方も雅やかで、抑揚にはどこかの訛りがある。
「僕はイヅルです。ソロのネクロマンサーです」
イヅルは淡々と自己紹介して口を閉ざした。裏が読めない相手と長話をしたくはなかった。
しかしそんなイヅルの意図を差し置いて、床下から青白い魂が飛び出してくる。
『ワタクシはイヅル様の忠実なる僕にて最強のアンデッド! その名も……ダイアナ!』
「……ダイアナ?」
マサの表情が一瞬抜け落ちた。イヅルが怪訝に思ったのも束の間、ダイアナがうるさく騒ぐ。
『もう! またワタクシの紹介をお忘れになりましたね!』
「別にいらないだろ」
冷たく返しながらイヅルはマサを観察した。もう微笑みに戻っているが、その表情はどこかぎこちないように思えた。
ちらりとダイアナを見上げてイヅルは考える。
マサは突然出てきた火の玉に驚いたのだろうか。意外と完璧な人ではないのかもしれない。
「ダイアナはちょっと黙ってて。……ええと、『仇花の宿』についてのお話でしたよね」
イヅルがそう促すと、マサは頷いて口を開く。
「そうですね。本題に入りましょうか」
イヅルとライラの視線が注がれる中、マサは語り部のように豊かな身振りで語った。
「『仇花の宿』はここいらで一番有名なPKギルド。つまり、人殺しを生業とする集団なんです」
PK。プレイヤーを殺すプレイヤー。
もし今の状況でそのようなことをすれば、本当の殺人になってしまうだろう。
イヅルは眉を顰めた。まさかこんなときになっても、彼らはPK行為を働こうとしているのだろうか。
「主な仕事は殺しの依頼です。私怨のものもあれば、希少な物品を狙ったものもあります。彼らに執着されたせいで、ゲームを引退した人もいるそうです」
そのような活動体があるということ以上に、そのような依頼が舞い込んでくるほど、この世界が殺伐としていることにイヅルは驚いた。
一人でフィールドを流浪していたイヅルにとって唯一の情報源であったカナギは、そんな素振りすらも見せなかった。
現実世界の裏社会のように、一般の人は知らないものなのだろうか。
そうだとしても、ライラやマサが知っていてカナギが知らないというのは、不可解に思われた。
「彼らの最大の強みは、情報です。ギルド外にも協力者がいると言われる程、巨大な情報網を持っているようです。そのため彼らには、仲間を識別するための合言葉があるとか……」
語尾が掠れてマサは一つ咳ばらいをした。それもまた様になるほど、儚い声だった。
ライラは顔を暗くして、机の上の杖に手を添える。
「大丈夫かな、コウ……」
その祈るような仕草をマサがちらりと見て、刺すように言う。
「『仇花の宿』は用意周到ですよ」
そして目を伏せて、ため息混じりに続けた。
「……ですからうちは、彼らがこんな早くにコウちゃんを狙ったとは思えません」
「え?」
ライラは驚きを顔に表してマサを見上げる。イヅルもまた、その提言を意外に思ってマサの顔を見つめた。
「レーセネには人の目がありすぎます。それに生きたまま誘拐するというのは、彼らの仕事じゃありません」
「じゃ、じゃあ! なんで、コウはいなくなったんですか……?」
思わず問い詰めるような勢いになったライラは、だんだんと語尾をか細くする。
「それはきっと、彼女の意志ですよ」
マサは目を細めた。
「さて、そろそろ会議も終わるでしょうから、うちはお暇させていただきます」
そう言ってマサは呆然とする二人を残して立ち上がった。そのまま開け放たれたままの扉へと歩み寄り、廊下へ一歩出て客間を振り返る。
「またお会いしましょう。ライラちゃん、イヅルくん、そして……ダイアナちゃん」
寂し気な微笑みだった。
マサが立ち去った後、静けさが満ちる客間で火の玉が上機嫌に舞った。
『あの人はいい人ですね! ワタクシにも別れの挨拶をしてくださいました!』
「ああ、まあ……師匠はついでにしかダイアナと喋らないもんね」
ダイアナに相槌を打ちつつ、イヅルはライラの様子を見る。どうやら彼女は、マサの言葉について深く考え込んでいるようだった。
「彼女の意志って、そのコウって人自身が行方をくらませたってこと?」
イヅルがそう話しかけると、ライラは顔を上げる。
「うん……。コウは結構向こう見ずなところがあるから、勝手にどっか行くってことはあるかも。でも、なんでだろう……」
そのとき、急に廊下の向こうが騒がしくなった。どうやらマサの言う通り、ギルド会議がちょうど終わったらしかった。
その無数の声の中から、こちらへ近づいてくるのが二人いた。カナギとスピネラの話し声だ。
「二人とも、終わったぞ」
最初に入ってきたカナギがイヅルとライラの無事を確かめ、ダイアナをじろりと見やった。
『はあ。騒がしいのが来ましたの』
「俺、そんなに騒がしいか?」
ダイアナがため息をついてそう言うと、カナギは眉をひそめる。
いつもこの二人は剣呑な雰囲気になる。しかしカナギの世話焼きな性格のせいか、兄妹喧嘩のような空気にしかならないのだった。
「一応、ギルド会議の内容をここでも共有させてもらうわね」
続けて入ってきたスピネラは、沈痛な面持ちをしながらもてきぱきと報告した。
「まずは死者の報告から。『ヴァルハラ騎士団』のメンバー数名が、死亡したと見られているわ」
レーセネの通りで耳にした話だ。イヅルは顔を険しくする。
「彼らはあのアナウンスがあったとき山脈に居たらしいの。急いで帰還する旨の連絡があったけど、今は連絡がつかない状態。フレンド欄ではログアウト状態になっているそうよ」
スピネラはそこで息を吐き、より一層暗い声になって続けた。
「実は一人、怪しい人物が浮かんでいるの。同じ時間帯に一緒にいたはずのメンバー」
「ひっ……人が人を、殺したんですか」
ライラが思わず声を上げた。スピネラは重たい頷きを返す。
「その人は『ヴァルハラ騎士団』を脱退し、連絡先も削除したみたいで、足取りを追えないの。『ヴァルハラ騎士団』のメンバー数人が捜索するそうよ。あまり危険な場所には行けないけど、それは向こうも同じでしょうね」
そしてスピネラは場の空気を盛り上げるように、明るい笑顔を浮かべて見せた。
「ほんとはこれで終わるはずだったけど、皆のおかげでいいニュースも報告できたわ! グッジョブよ!」
その言葉にライラの表情は少しだけ和らいだ。彼女の様子を見たイヅルも、少し胸をなでおろす。
「アナウンスにあった“六体の天使”という言葉。それは各エリアに存在すると思われる、六つのダンジョンのボスということで間違いなさそうだわ。この世界を脱出する解法が見えてきた。あなたたちは、光をもたらしてくれた天使も同然よ」
スピネラは感慨深げだった。イヅルは途端に気恥ずかしくなって、フードの襟をそわそわと弄んだ。
「草原のダンジョン……神話に則って“命の迷宮”と呼ぶことにしたけれど、そこでの発見も貴重な情報ね。新しいモンスター、そして彼らが落とす新しい素材。その解析は私たち『ゆきみの館』が努めさせてもらうわ」
カナギは頷き、イヅルのために補足した。
「スピネラは魔道具の研究をしてるんだ。俺も信頼してる」
ダンジョンの中でカナギが言っていた「詳しそうな奴」とは、どうやらスピネラのことらしかった。
まさかライラの「顔を見せたい人」と同じ人物だったとは。縁を結ぶ不思議な力を感じ、イヅルは少し身体が震えた。
「後はコウの失踪を伝えたぐらい。……“仇花”たちは来なかったわ」
再び、場の空気が重くなる。
カナギが気を紛らわせるように、咳払いをして言った。
「次のダンジョンは火山だ。今から出ると夜になるが、この天気じゃ昼も夜も変わらないから、イヅルが起きているうちに出発したい」
流石に申し訳なく感じたイヅルは、つい口を挟む。
「よく寝る子は育つんですよ、師匠」
「育ってないだろ。俺の背丈を越えてから言え」
カナギは呆れるように返したが、その声色は温かかった。
彼が本気で怒っているわけではないと分かり、イヅルはほっとする。それに気づいたのか、ライラがくすくすと笑った。
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