007: 休養と情報
その後個室に通されたイヅルたちは、一旦分かれて休むことになった。
とはいえ休む選択を取ったのはイヅル一人のみで、カナギはスピネラとの話し合いを続け、ライラはこのギルドホール内の資料を探しに行くらしかった。
ライラと共に蔵書を読みに行こうかとも思ったが、このギルドホール内で知らない人に出くわすことを考えると、出歩くことすらためらってしまう。
なにせライラはここの元メンバーなのだ。彼女と顔見知りの人が話しかけてきて、見知らぬイヅルのことを遠巻きにじろじろ見るようなことがあれば、イヅルはとてつもない精神的負荷を負うだろう。
普段、ダイアナとカナギを除けば誰とも会話をしないイヅルは、今日一日でひどく疲れたのを実感していた。
イヅルが整えられたベッドに横たわると、すぐにダイアナが床からふっと姿を現し、話をしたそうに天井を飛んだ。しかしイヅルは彼女を無視して瞼を閉じ、そのうちに寝入ってしまった。
『イヅル様! イヅル様!』
ダイアナがうるさく呼んだ。その声から逃れるように寝返りを打ち、イヅルは自分がすっかり寝ていたことに気が付いた。
「あれ、今、何時……?」
『イヅル様! もう昼ですの! 起きてくださいまし!』
「昼……?」
ゆっくりと身を起こしイヅルは大きく欠伸をする。早起きが苦手なイヅルにとって、昼に起きるのは日常だった。
『さあ! ワタクシとたくさんお話をいたしましょう!』
ダイアナは喜色を表してそう言った。しかしイヅルは目をこすり、布団をかぶってまた横になる。
『イヅル様―!』
ダイアナが悲しそうに叫んだときだった。寝室の扉がばたんと開き、呆れ顔のカナギが姿を見せる。
「おいイヅル。そろそろ起きてこい」
『げげ! 埃頭!』
「誰が埃頭だって?」
思わず声を上げたダイアナにカナギは鋭く返答する。一気に部屋が騒がしくなり、眠れなくなったイヅルは布団の中で顔をしかめた。
「イヅル、起きたの?」
続けて部屋に入ってきたのはライラだった。ますます寝起きの顔を出しづらくなって布団に引きこもるイヅルを、カナギがずるずると引きずりだす。
「これからギルド会議が始まるんだそうだ。その様子を聞いたら、二個目のダンジョンへ出発するぞ」
「ではもう少し寝てもいいということですか」
「出発まで寝てたらますますぐずるだろ。今のうちに目を覚ましておけ」
結局たたき起こされたイヅルは、いつも以上の仏頂面で廊下を歩く羽目になった。
その後カナギは会議の様子を窺いに行き、イヅルはライラと二人、客間に座ってじっとしていた。
「昨日聞いたときから気になってたんだけど、コウってどんな人なの」
イヅルが尋ねると、ライラは悲しそうに眉を寄せて俯いた。
「私の親友。神話の研究を手伝ってくれてたの」
そして彼女はちらりとイヅルを見上げる。
「イヅルと出会ったとき、私を狙ってた人たちのこと……覚えてる?」
イヅルは頷いた。あそこはPKエリアだったとはいえ、見るからに戦闘慣れしていないプレイヤーを複数人で囲むのは珍しい。
思い出すだけで眉が寄るような、酷い光景だった。
「あの人たちが狙っていたのは、この杖なの」
ライラは淡々と続けた。客間の広い机の上に、彼女の金の杖を置く。
見れば見るほど神秘的な杖だ。杖の先端の丸い鏡が、照明を反射して輝いていた。
「これは私とコウ、そしてもう一人が編み出した、この世界に三つしかない特殊な武器なの」
「特殊な武器?」
思わずイヅルは尋ね返した。
この世界において武器製作の自由度が高いことはイヅルも知っていた。愛用する【妖刀クラミツハ】も、とある腕利きの刀匠が作り出した特別な刀なのだと、カナギから聞いている。
ライラは表情を固くして、重々しく口を開いた。
「この杖は【神杖ヤタカガミ】。……炎と雷を宿した、混合属性の武器」
混合属性。イヅルは心の内で繰り返した。
『SoL』の世界において、属性は三つある。一つは氷、一つは炎、一つは雷。
それぞれ対応した魔術体系を持ち、大抵はどれか一つを極める。武器に付与する場合もどれか一つのみだ。
その三つに有利不利の概念はなく、例えるなら科学、物理、生物の関係に近い。それぞれ扱う概念が異なるため、特化せざるを得ないのだ。
それを二つ扱えるということは、属性の応用の幅がぐっと広がることになる。これは重大な情報だった。
「なるほど。あの妙な人たちが欲しがるわけだ」
ライラは悲し気に頷いた。杖に視線を落とす彼女の横顔は、それを作ったことを後悔しているように見えた。
「コウはもう一つの混合武器を持ってるの。そしてもう一人、私たちと共に混合武器を発明した人が、最後の一つを持ってる」
彼女の瞳はうるんでいた。机の上に置かれた手が、悔しそうに握りしめられた。
「その人が……私たちを裏切ったの」
イヅルはただ、彼女の言葉を待つしかできなかった。
「その人は三つの混合武器を全て手に入れようとした。戦えない私は彼から逃げるために、このギルドを抜けて、身体も小さくして、一人の道を選んだ。……でも結局、彼もこのギルドを去った」
ライラは一息つくと、険しい顔をイヅルに向けた。
「彼は目標を達成するために他のギルドを選んだの。悪名高い『仇花の宿』を」
その幼い顔には怒りが広がっていた。
ライラがそんな表情をするとは思わなかったイヅルは、少し臆しながらも尋ねる。
「それはどんなギルドなの」
「知らないの?」
ライラは目を丸くした。その方が彼女らしいように思えた。
説明に困ったライラが視線を彷徨わせていると、客間の入り口から声が聞こえてきた。
「それはうちから説明した方がよさそうですね」
驚いて振り返ると、艶やかな十二単をまとった美人がそこに立っていた。緑がかった黒髪も相まって、まさに大和撫子といった雰囲気だ。
「マサさん!」
ライラはすぐに笑顔になった。その様子を見る限り、仲の良い人なのだろう。
「お久しぶりです、ライラちゃん」
しかしイヅルは、その端正な笑顔が作り物であるような気がしてならないのだった。
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