(俺) 2章『さーきゅれーしょん』

第10話

(俺)

 俺は春乃茅、なんてことはない普通の高校生だ。

 高校まで彼女なんてできたことがなく、小中高と勉強もそこそこ、運動もそこそこの人生を謳歌してきた。何をやっても『まあまあ』。俺より才能のある人間は山ほどいて俺にはあと一歩の壁を越えられなかったというだけの話だ。

 きっと俺は自分の人生がこんなふうで終わるんだとなんとなくわかっていた。


(AI)

 だからこそ俺は――。

 俺はあの日に誓ったんだ、今際の際の夢に見た彼女の笑顔のために生きようと決意したんだ。


 ◆ ◆ ◆


 高校に入ってからは、まあ俺も俺なりに精一杯やってきたつもりなのだけどなかなか上手くいかない日々だった。

 勉強も最初はついていけていたのだけれど、段々と追い抜かされていった。運動の方はと言うと中頃からサボり始めてしまい今では酷い有様だ。

 高校二年の春休みに入った頃であるその日、家のポストに何かが入っていることに気付いた。

 真っ白い封筒。差出人も宛名も書いていない、それどころか切手も貼っていない。

『もしかして……』

 俺は急いで中身を確かめた。

 中から出てきたのは二枚の紙。一枚目には『文化祭実行委員会』の文字と委員会の名前、そして日にちと時間が記されている。

 もう一枚にはその委員会の概要や活動内容などが書かれているのだが、その中でも一際目を引いた項目がひとつあったのだ。

『本年度文化祭でやる劇の内容を決定します』という文言が。

『文化祭でやる劇の内容を決めます』という文言が俺の目を釘付けにした。

 俺はその文言に釘付けになるあまり、外から聞こえてきた妹の俺を呼ぶ声に気付かなかったほどだ。

「にいちゃーん!」

 妹は俺の部屋の扉をドンドンと叩きながら何度も呼びかけてくるが俺はそれどころじゃない。


(俺)

「何で文化祭の紙が俺のところに来るんだよ。」

 俺、春乃茅は引きこもりだった。


 ◆◆◆


「ねえ兄ちゃん、何でさっき呼んでも返事しなかったの?」

「うるせえな……!」

 文化祭の話はしたくなかった。

 どうせその話をしたら「いいじゃん文化祭!学校行きなよ~」とか言われるに違いない。

「ひょっとして一人でそういうことしてたの!?


(AI)

 やだなにいちゃんってば!それで何してたの?」

「別に何も……」

 俺はそう答えてそそくさと自分の部屋に閉じこもる。妹はドアの向こう側から話しかけてくるが、無視だ。無視し続ければいずれ諦めるだろう。

 そう思ってしばらく部屋に籠っていると妹は諦めていったようだ。やっと一人になれた。これでゆっくりと文化祭のことを考えられる……。

『兄ちゃんが行かないなら私も行かない』と言っていた妹の一言には気付かなかったことにして。


 ◆◆◆


 その日の夜、俺はベッドの上で寝転がりながら文化祭の劇についてのことを考えていた。

「何で俺のところに劇の概要が……」

 高校二年生で文化祭の実行委員をやっている奴があの封筒を俺ん家のポストに入れたに違いない。それは別に不思議じゃない。不思議なのは封筒に差出人の名前がなかったことだ。普通、そんなもん入れるなら宛名も書くだろう。そうしなかったということはつまり誰かがわざとそうしたということだ。

「名前……か」

 そこで俺は初めて違和感を感じた。

 なんで封筒には差出人が書かれてなかったんだ? 普通、名前を書かないのなら封筒に宛名も書くはずだ。

 なのに封筒にはそれがない。

 何故だろう、考えれば考えるほど違和感は増えていくばかりだ。

「ああもう!考えてても埒が明かねえ!」

 俺は頭の中でごちゃごちゃと考えるのをやめた。

 もう寝よう、そう思って部屋の電気を消して布団を被ったそのときだった。突然大きな音を立てて部屋の窓が開け放たれたのだ。あまりの衝撃に俺が部屋の入り口の方を見ると、そこにはパジャマ姿の妹が立っていた。

「うわ!」

「うひゃあ!に、兄ちゃんまだ起きてたんだ……ってそんなことどうでもよくてね。ちょっとお兄ちゃんに相談したいことがあるんだけど」

「な、なんだよ……」

 妹は自分の部屋から布団を引っ張ってきて床に敷くとその上に座り込んだ。俺の返事も待たずに話し始めたので仕方なく俺は妹が話すのを黙って聞くことにした。


 ◆◆◆


「はあ?」

 妹の話をすべて聞き終わった俺は間抜けな声を出していたと思う。それほどまでに妹の相談は突拍子もないことだったのだ。

「だから、にいちゃんのクラスには私と同じ名前の人がいない?」

 妹は真剣な目で俺に訴えてくる。

「お前なあ、そんな偶然あるわけないだろ……」

「でもでも、あの封筒に私の名前が書いてあったんでしょ?」


(俺)

「はぁ?そんなこと言ったか?」

「言ってたよ!」


(AI)

「いや、言ってねえ」

「言ってた!」

 妹は俺に向かってむすっとして見せる。これが非常にかわいい。美少女といっても過言ではないと思う。そんな妹は俺にはもったいないくらいだと常々思っているが、それでも俺はこの妹を大切に思うし大好きだ。

 そんな妹が俺のクラスに自分と似た名前の人がいるかと聞いてきたのだが、はっきり言って心当たりは全くない。そもそも


(俺)

 不登校であるのだから、俺にそんなことを聞いても仕方がないのに。


(AI)

「悪いけど、俺全然友達いないからなあ……」

「でもにいちゃんには男友達がいるじゃん。」

「あいつらは別に……」

「そんなこと言うのにいちゃんくらいだよ~。でもまあいっか。ありがとうね、お兄ちゃん!」

 そう言うと妹は窓から自分の部屋へと戻っていった。俺はしばらくベッドのうえで妹の言ったことを考えていたが、やがて睡魔に襲われたためそのまま寝てしまった。

 いや寝落ちしたと言った方が正しいかもしれない。

 そんな夜だった。

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