第6話 神様になろう
「急に獣人達が押し掛けてきた時は何事かと思ったけど……まさかミリアが土地神と勘違いされるなんてね……」
「えーと、ごめんなしゃい?」
私が獣人達を熊の魔物から助けた後。
彼らと一緒に一度お家に戻った私は、風邪で寝込んでいるママをベッドごと運び出し、獣人の村へとやって来た。
わらぶき屋根の小さな家が立ち並ぶ、小さな村。
村人の数は百人くらいしかいなくて、本当にギリギリ集落としての形を保ってるって感じのところだけど、私を神様だと思ってるからか、一番立派な村長さんの家に案内して貰っちゃった。
ごく普通の人間であるママのことも約束通り受け入れて、秘伝の風邪薬まで分けて貰っちゃったから、その分の恩義はちゃんと返さないとね。
そんな風に考えていた私を、ママはそっと撫でてくれた。
「怒ってるわけじゃないよ。ただ、あんまり危ないことはして欲しくないだけ」
「だいじょーぶだよ、ミリアつよいから!」
「だとしても、だよ。ミリアはまだ子供なんだから」
「むー……」
言いたいことは分かるけど、やれる力があるのに何もしないなんてことは、やっぱり出来そうにない。私、これでも中身はそれなりに歳を食ってるし! いや、前世合わせてもまだ未成年だけど。
そんな私の葛藤を察してか、ママは苦笑する。
「でも、ミリアがママのためにって頑張ってくれたのは嬉しいよ、ありがとう」
「えへへ……」
自分の年齢について葛藤した直後だけど、やっぱり褒められると嬉しい。
我ながら赤ちゃん並のチョロさだなって思いながらも、心の内までは誤魔化せずにゆるゆるになっていると、そんな私達の部屋に総白髪のおじいちゃん獣人が入ってきた。
総白髪と言っても、体付きは結構がっしりしてるし、パパよりも大きいけどね。
この人が、ここ……ウルフォ村の村長、ガムートさんだ。
「リリス様、体調の方は如何ですかな?」
「お陰様で、大分良くなりました。ですが、私はそのように呼ばれるほど大それた人間ではありませんから、砕けた態度で結構ですよ」
「いえいえ、モケモケ様の産みの親ということは、我々にとっては聖母も同じ、どうかこのままの呼び方でいさせてくださいませ」
「ええと……あはは……」
私が土地神扱いされているからこその待遇だって分かってるからか、ママも少しやりにくそうだ。
せめて呼び方くらいは何とかしたいなぁ、と思った私は、ガムートさんに陳言する。
「おじーちゃん、ミリアはミリアってなまえだよ、もけもけ、ちがうの」
「ミリア……!」
ママが慌て始めるのを、ガムートさんは手で制する。
全て分かっていると、そう言いたげな顔で。
「そうですな、我々が呼ぶ“モケモケ様”という名は、あくまで我らか勝手にそう呼び始めたもの。それに、人から生まれたということは、モケモケ様本人というより、モケモケ様の御子様という解釈も出来よう……これからは、ミリア様と、そう呼ばせて頂きます」
「解釈って……」
しー、とガムートさんが指先を口に当てる。
その上で、困り顔で私達を見た。
「ここからの話は、ご内密に願いたいのですが……」
そう言ってガムートさんが語ってくれたのは、この村の現状だった。
近頃、森の奥地からたくさんの強大な魔物が村の近くまでやって来て、狩りに出る村の男衆に怪我人が大量に出てるんだとか。
「ガストン達がミリア様をモケモケ様だと思い込んだのも、そのせいで追い込まれていたからでしょう。我々には、心の拠り所が必要なのです」
「そのために、うちの子を利用しようってこと?」
ママが私を抱き締めて、警戒するようにガムートさんを睨む。
けれど、ガムートさんはそれを甘んじて受け入れながら頭を下げた。
「無理は承知です。ですが、聞くところによればあなた方もこの森で暮らし、近頃の魔物達の動きには困っている様子……ここはお互いに協力して、足りないところを補い合うというのは、どうでしょう」
「…………」
そっか、最近になって急にママが体を壊したのも、魔物が増えて対処に苦労してたからなんだ。
ママ自身自覚があるのか、迷うように顔を俯かせてるし……ふむ。
「ママ、まかせて。ミリア、みんなの“かみさま”になる!」
「ミリア、そうは言うけど……」
「だいじょーぶ! みんなといっぱいともだちになるから!」
要するに、みんなに好かれる愛されキャラになって、みんなを元気にすればいいんでしょ?
魔物と戦うよりずっと安全だし……私には、本物の女神様と交流した経験がある。
つまり、どんなエセ司教よりもしっかりと“神様”を演じることが出来るはず!
「……そうね、ミリアの友達作りだと思えば、そう悪い話でもないのかも。ガムートさん、魔物への対処は私と……もう一人、私の連れも協力して対処しますので、これからよろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ……本当に、ありがとうございます……!」
これでひとまず、ママがゆっくり休める場所は確保出来た。
熊の魔物から獲れたお肉でご飯もばっちりだし、後は私の仕事を……正真正銘、この村の神様になるってのをやり切るだけだ。
「それじゃあ、ママはゆっくりしててね。ガムートさん、いこ!」
「う、うむ」
ガムートさんの背中にぴょーんと飛び乗って、ママに手を振る。
唐突なスキンシップに戸惑うガムートさんと部屋を出たところで、私は尋ねた。
「ねーガムートさん、ここで"こまってる"ことって、なにがあるの?」
「困ってること、ですか?」
「うん!」
私のことを本物の神様だと信じて貰うために、一番分かりやすいやり方は、“奇跡”を起こすことだと思う。
まあ、私に出来るのは触手の操作くらいなんだけど、パパのスキルだって使えたわけだし……ママの魔法も、やろうと思えば出来るはず。
それを駆使して、神の奇跡を演出するのだ!
「そうですね、色々とありますが、たとえば……」
そんなわけで、私が正真正銘の“モケモケ様”になるための作戦が、ひっそりとスタートするのだった。
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