第4話 初めての狩りと思わぬ出会い

 外に出て、私だって魔物を狩ってこれるって証明したい……のは山々だけど、私はまだ三歳の幼児だ。

 いくら前世の記憶があって、魔物の血が混ざってるからか体の成長も早いとはいえ、ママもパパも一人で外出なんて許してくれない。


 何とか大丈夫だってことを信じて貰えないかなってタイミングを伺っていると……思わぬ形で、その機会が訪れた。


 チャンスとはとても言い難い、困った状況だけど。


「げほっ、げほっ……!」


「大丈夫か、リリス? すぐに薬を買ってきてやるからな、それまで頑張れ」


「ありがとう、コーラス……ごめんね、この大事な時期に風邪なんて……」


「気にするな、この環境で、これまで全く体調を崩さなかったことの方が奇跡だよ。ミリア、ママのことよろしく頼むぞ」


「らじゃ!」


 フードを目深に被り、町へ薬を買いに向かうパパの代わりに、動けないママと家を守るというミッションが課せられた。


 まあ、家の周りにはママが設置した魔物避けの結界魔法があるらしくて、家にいる限りはよっぽど危険はないだろうってことだけど……たとえそうだとしても、今まさに私の力が試されているのは間違いない。


「ママはミリアがまもる!」


「ああ、期待してるぞ」


 ポンポンと私を撫で、最後に横になったママのおでこにキスを落としてから出発するパパ。だからもう結婚しちゃいなよ。


 ともかく、残された私はママのために頑張らなくては。


「まずはおりょーり、がんばるぞぉー!」


「ミリア、無理はしなくていいからね……?」


「だいじょーぶ、まかせて!」


 一応、パパが大きな鍋で数日分の作り置きをしてくれたから、温めるだけで食べられる……けど、これはあくまで、家にある一番大きな鍋で作れた限界量っていうだけ。

 本当にこれでパパが帰って来るまで凌ごうと思ったら、一食がすごく少なくなっちゃう。それじゃあママも元気になれない。


 ママが作り置きしている保存食を使ってもいいんだけど……これは冬の備えだし、あまり病人に優しい食料じゃない。


 というわけで……。


「“かり”のじかんだー!」


 まずは食材調達のため、私は家の外へ飛び出した。


 ママに心配をかけないため、ちゃんと眠るのを待ってからの出発だ。そのために子守唄まで歌ったし、今はぐっすりと夢の中である。


「さて、“まもの”はどっちかな?」


 森に入ってすぐ、私は耳を澄ませた。


 私の聴覚なら、獲物の位置くらいすぐに見付けられる……と思ったんだけど。


「だめかー」


 流石に、いきなりは難しいらしい。

 季節は秋だし、冬になるにはまだ早いから、魔物だってたくさん活動してるはずなんだけどね。


「まーいっか、ちょっとさがせば、どっかいるはじゅ!」


 微妙に噛んだ事実にちょっぴり恥ずかしさを覚えながら、私は森の中を進み始める。


 とはいえ、三歳児の足だ、普通にやったら進めない。


 だから、髪の一部を触手に変えて伸ばし、足の代わりにして移動することに。


「れっつごー! ……って、あれ?」


 すると、ちょっと進んだところで、奇妙な人影みたいなのを見付けた。


 音もない。匂いもしない。だけど確かにそこにいる、光に包まれた小さな女の子のシルエット。


 こんなところになんで子供が? と自分のことを棚に上げて考えていると……その女の子が、森の奥に手招きしながら走っていった。


「……??」


 ついて来てって言ってるんだろうか。


 明らかに普通じゃないし、避けた方が良さそうだと思うんだけど……なぜかそんな気にならなくて、私はフラフラとその光に釣られて森の中を進んでいく。


 すると……次第に、私が嗅ぎ慣れた魔物の匂いと、それに混ざって血の匂いまで漂って来た。


「だれか、おそわれてる?」


 場所は、と意識を匂いに向けた一瞬の間に、気付けば女の子がいなくなっている。


 気になるけど、今は襲われている誰かの方が優先だ、そっちに向かおう。


 というわけで、触手を全力で動かして、猿みたいに木から木へと飛び移りながら移動していく。


 そうすると、あっという間に匂いの元へ辿り着いて……そこには、私も初めて見るくらい大きな熊の魔物がいて。


 その先で、五人くらいの男の人達が、その魔物に襲われていた。


 ただし……全員、頭に狼の耳を持ち、尻尾を生やしている。


「くそぉ!! こんな村の近くにまでホーンベアが出るなんて!!」


「ダメだ、押さえきれねえ……!! ガストンさん、ここは下がりましょう!! 俺達だけじゃあ無理だ!!」


「バカヤロウ!! 下がってどうすんだ、戦えねえ女子供まで引っ張り出して対抗しようってのか!? もう俺達には後がねえんだ、何がなんでもここでコイツをぶっ殺すぞ!!」


「グオォォォォ!!」


 必死にお互いを鼓舞しながら、男の人達は必死に魔物と戦ってる。


 この人達、獣人っていうのかな? 初めて見たよ。

 いや、それを言うなら、そもそもパパとママ以外の人間すらまだ見たことはないんだけど。


 でも、今はそれどころじゃないか。

 これまでどんな攻防があったのか、獣人の人達はみんな傷だらけで、いつ死人が出てもおかしくないくらい追い詰められてる。


 このままだと危ない、助けなきゃ。


「んー……!」


 魔物の側面に突っ込みながら、意識を集中する。


 イメージするのは、パパがよく見せてくれたスキルの輝き。

 私の触手を一つに束ねて剣に見立て、全力で振り抜く!


「《すらっしゅうぇーぶ》!!」


 私の触手が光を放ち、鋼みたいに硬化する。

 真横に振り抜かれたそれが、本当の剣みたいに魔物の胴体を一閃に薙いで……。


 スパッ!! と、ほとんど何の抵抗も感じることなく通り抜けた触手剣の後には、体を真っ二つにされた魔物が、力なく倒れ込む光景だけが残されていた。


「ふぅー、これでよし!」


 私にも、ちゃんと魔物を倒せた! ついでに困ってる人達も助けられたし、満足満足。


 そう思ったけど、そこでふと気付く。

 私は今、特に魔物の力を隠すことなく解放してるから、触手を伸ばして辺りの木に掴まり、宙にふわふわと浮いているような状態だ。


 これだと、獣人の人達から見たら、熊よりも更に恐ろしい魔物が現れたようにしか見えないかもしれない。


 とにかく無害であることをアピールするため、私は獣人さん達の前で一旦触手を仕舞おうとして……それより早く、その場にいた獣人さん達が、一斉にその場に平伏し始めた。


「モケモケ様……我々の窮地を救ってくださり、感謝致します……!!」


「……ほえ?」


 モケモケ様って何?


 意味が分からなくて首を傾げる私を余所に、さっきガストンって呼ばれてた獣人さんがゆっくりと語り出す。


 自分達が、長らくその……モケモケ様? っていう神様? を信仰してきたこと。


 私こそが、そのモケモケ様だと思い込んでること。


 そして何より……彼らの村が、存亡の危機に瀕していることを。


「モケモケ様、どうか我らの村にご加護を!! 凶悪な魔物たちから逃れ、生き延びるためには、モケモケ様の御力が必要なのです!!」


「えーっと……」


 本当に、何がなんだか分からないけど……正直、これはチャンスだって思った。


 この状況、上手く活かせば……ママを助けられるし、パパのお手伝いにもなるよね。


「いーよ、そのかわり……」


「何でしょうか!? 生贄が必要なのでしたら、是非ともこの俺を!! それでどうか村をお救いください!!」


「何を言ってるんだ、ガストンさん!! 生贄なら俺が!!」


「いや俺が!!」


 まだ一言も生贄なんて言ってないのに、誰が生贄になるかで喧嘩が始まっちゃったよ。随分と思い込みが激しい人達みたい。


 仕方ないので、一喝して黙らせる。


「はなしをききなしゃい!!」


「「「っ……!?」」」


 全力で叫んだら、獣人さん達がやっと静かになった。


 これでよし、と、私は満を持して条件を出す。


「ミリアの、パパとママを、あなたたちのむらに、うけいれて。それが、じょーけん!!」


「は、はあ……それで良いのでしたら……」


 神様のパパとママってどんな存在なんだろう、みたいな空気を感じるけど、普通の人間だから安心して欲しい。


 ともあれ、これで私達家族にも、いざという時に頼れるご近所さん(?)が出来そうだ。


 狩りに出たことによって得られた予想外の成果に、私はふんすと鼻を鳴らすのだった。

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