第3話 森の中の日々

 私がこの世界に転生して、早くも三年の月日が経った。

 魔物の血を引く私は人前に出られないからって、人気のない森の中で暮らしているんだけど、これが案外快適である。


 その理由は……。


「《スラッシュウェーブ》!!」


 コーラス……お父さんが剣を振るうのに合わせて、斬線に沿って光が放たれる。

 その光は目の前にある木をひと振りごとに細切れにし、あっという間に小さくなっていく。


「《乾燥ドライ》」


 続けて、リリス……お母さんが小さな杖を振るうと、細切れになった木片が一瞬で乾燥し、すぐに使える薪になった。


 魔力を武器に纏わせて特殊な攻撃を行う"スキル"と、魔力を精霊に与えて行使する超常現象、"魔法"。

 この力があるから、私達家族は森の中であろうと特に大きな問題はなく暮らすことが出来ている。


 二人が行った絶技に、私はぱぁっと瞳を輝かせた。


「パパ、ママ、すごーい!!」


「ははは、そうだろ? そのうちミリアにも教えてやるからな」


「やたー! パパだいすきー!」


「もう、コーラス? そんなこと言ってると、またミリアが剣を持ち出して真似しようとするんだから、少しは自重して。ミリア、そんな危ないスキルより、魔法を覚えよう。色々出来て便利だよ」


「待て待て待て、お前は単に自分が魔法を教えるのを優先したいだけだろ!? リリスばっかりズルいぞ、俺にも少しはミリアと遊ばせてくれ!」


 やいのやいのと仲良く騒ぎ始めた二人を見て、私は思わず笑ってしまう。


 恋人か何かかな? と思ってたこの二人、実はまだ付き合ってすらいなかったらしい。

 元々、今見せたスキルや魔法を駆使して"魔物"を狩る専門職、"魔物ハンター"として活動していたみたいなんだけど、ある日お母さんが魔物に捕らえられ、お腹に魔物の子を宿してしまった。


 この大陸で、魔物は人類の絶対の敵。そんなものを宿したお母さんは"異端"として認定され、同じパーティとして一緒に行動する仲間だったお父さんと一緒に、この森まで逃げて来たらしい。


 本当は私も産み次第殺すつもりだったけど、あまりに可愛いからそのまま育てることにした……という経緯を私がようやく理解したのが、この一年くらいの間。


 いやー、めいっぱい愛嬌を振りまいて正解だったね! そうじゃなかったら、生まれて早々に早速女神様のところに逆戻りするところだったよ。


 あるいは、愛嬌一つで心変わりしたのが、女神様の加護だったりするのかな? どっちにしろ、私は今幸せだから良いんだけど。


「パパー、ママー、おなかすいたー」


 ちなみに、私が"お父さん"と"お母さん"じゃなくて"パパ"と"ママ"って呼んでるのは、生まれてすぐの頃は発音するのが大変過ぎて、こっちの方が呼びやすかったから。


 今ならお父さんお母さん呼びも出来るといえば出来るんだけど、こっちの方が喜んで貰えるからそのままにしてるんだよね。今や、お互いのこともそう呼び合う時があるくらい。


 もう結婚しちゃえよ、あんたら。


 そして案の定、二人は私にデレッデレの表情を向けて、同時に抱き着いて来る。


「ごめんなぁ~~、すぐに用意するから、待っててくれ」


「用意するのは私でしょ。ミリア、出来るまでパパと良い子にして待っててね」


「うん!」


 二人に挟まれてちょっと息苦しいけど、これはこれで幸せな圧迫感だ。ちょっと……いややっぱりかなり息苦しいけど。


 ただ、こんな幸せな毎日だけど、問題が全くないわけじゃない。


 一つは、人がいない森の中というのは、大抵の場合魔物がたくさん出る"魔境"って呼ばれる地域になってること。

 要するにかなり危なくて、パパも時々怪我をして帰って来る。


 そして……そういった怪我を治すための薬や、パパが仕留めて来た獲物を調理するための調味料なんかは、森の中では手に入らないってことだ。


「……塩のストックがもうない……また変装魔法で誤魔化しながら買って来るしか……でも、最近は妙に警戒されてる感じがあって厳しい……でも、このままだと……」


 外でパパにたかいたかーい、ってされてる間、家の中でママが困っている声が聞こえて来る。


 ……魔物の血が混じってるからか、私の感覚は人より鋭くて、こういうのも全部ちゃんと聞こえてるんだよね。だから、私の出生の経緯も知ることが出来たんだけど。


 そんな鋭い聴覚で聞く限り、私達家族の生活は、この三年間でかなりギリギリの状況になってて、今年は冬を越せるか少し怪しいみたい。


「んー、どうしたミリア? 高い高いされるのはもう飽きちゃったか?」


「ううん、そんなことないよ。パパとあそぶの、だいすき!」


「そうかそうか、大好きか!」


 ぐりぐりと頬ずりされ、おヒゲがいたいよ~、なんて返しながら、私は考える。この状況、私の力でどうにかならないかな? って。


 何せ、私には魔物の力があるんだ。まだ三歳ではあるけど、ちょっとくらい何かの役に立てると思うんだよね。


「とりあえず……"まもの"をやっつけるところから、やってみよーかなー」


 今は、パパが森にいる魔物を討伐して、それを食料にママが料理をしたり、物資が足りなくなれば人の町まで一人で遠征して色々と買ってきてくれる。


 でも、私が魔物の討伐を出来るようになれば、パパの負担も減るし、私がこの森の中で一人でお留守番出来るっていう証拠にもなるはず。


 そうなれば、パパとママが一緒にお出かけ出来るようになって……きっと、今よりももっと安全に毎日を過ごせるようになる! 多分!


「ほーら、たかいたかーい!」


「わ~」


 パパの手で空高くへ放り投げられながら、私はそんなことを企んで……ついでに、しょーもないことをふと思う。


 うちのパパ、ひょっとして……子供との遊び方、高い高いしか知らないのでは? と。

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