第27話 すべては掌の上
明日、この街にたくさんの魔物が迫ってくる。
そのことを街の住民はまだ知らない。
「今日は依頼受けないの?」
「明日だからな」
「そっか」
緊張しているのかわからないが、落ち着かない。
今さら、緊張してるのか?
自分に問いかけても答えは返ず、広がる視界には忙しそうに準備をしている冒険者たちだ。
「防衛依頼は今日と明日合わせた二日間か」
「不安?」
「どうかな、不安かもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「歯切れが悪い」
「はは、そうかも」
俺達が犯人を殺すのを遅れた分だけ、この人たちに大きな負担がかかり、犠牲も増える。俺はこの感覚を知っている。
身にかかる重さ、重圧、これはそう漆黒の竜と戦った時と同じ。
命の重さだ。
「おお、あんちゃんじゃねぇか!!」
聞き覚えのある声、俺の名前にかすりもしないあだ名。そんな呼び方をするのは一人しかいない。
「なんだ、ダンクかよ」
「おい、そんなわかりやすく落ち込むなよ。いくら俺でも傷つくぞ!!」
と、変わらず筋肉を見せびらかす。
「ちょっと、恥ずかしいからやめて。久しぶり、レイン、テラ」
「ナル、お前らまだこの街にいたのか」
ダンクとナルは漆黒の竜と倒すため、一緒に戦った仲間、戦友と言ってもいいだろう。なにせ、あの戦いは命を落としてもおかしくないぐらいの戦いで、勝てたのすら奇跡だったからだ。
「そりゃあ、本当だったらもう街から離れてるだがなぁ、ほら、おいしい依頼が出ただろ?」
「あ、なるほど」
「そういうこと、私は別に受けなくてもよかったんだけど、このダンクが頑固だから」
「おい、誰が頑固だ!旅にとってお金は大事!おいしい依頼はすぐ受けろ!だろうが!!」
「うるさい、うるさい。そんなことしてたら、いつまで経っても……なんでもない」
言葉を濁しすナルはダンクの耳を引っ張り。
「それじゃあ、私たちはここで」
「おいおい、せっかく会ったんだし、もう少し話そ………」
「そんな暇ない。ほら、早く」
「いてて、それじゃあ、またな!」
ダンクとナルの背丈の差はかなりあるが、ナルは四つ星冒険者だ。上下関係はある程度あるだろう。
だが、二人を見ていると上下関係というより、尻にひかれているという表現が正しいような気がする。
「変わってなかったね」
「そうだな。あ、でもナルは大分、しゃべってくれるようになった」
「……たしかに」
ダンクとナルは何も知らない。そして、今回の護衛任務に参加している。
もしかたら、明日にはいないかもしれない。そんな思考がよぎる。
「ああ、俺って本当にお人好しだな」
もし、二人が死んでいたら、そんなことを考えると心がギュッと締め付けられる。
冒険者になった以上、死ぬ覚悟はしておくものなのに、それでも考えてしまう。
兄さんなら平然とした表情を浮かべながら、さっとやってのけるんだろうけど、俺は兄さんと違う。あまりにも違いすぎる。
初めて実感する責任の重さ。この依頼の成功するかしないかで、この街の住民、冒険者の生死が決まる。
「大丈夫、レインは一人じゃない。私がいる」
「…………ありがとう、テラには助けられてばかりだな」
「レインは心配すぎなんだよ。もっと気楽にいこ、その方が冒険は楽しい」
テラはよく笑うようになった。
言葉も優しくて、励ましてくれて、俺に勇気をくれる。
ここまでこれたのはテラのおかげだと言ってもいいぐらいだ。
「たしかに、そのほうが楽しいかも」
「そうだよ、だから、レインはレインらしくいこう」
「よし!そうと決まれば、明日に向けて準備をしないとな」
犯人はかなりの強者なはずだ。いくらテラがいるとしても油断すれば、負ける可能性だってある。なら念入りに準備するべきだ。
それに切り札った赤い魔剣も使っちゃったし、武器もかなりボロボロだ。ここら辺はちゃんと整備しないと、勝てるものも勝てない。
こうして、明日に備えて、準備を始めるのであった。
□■□
次の日、ついに作戦決行日が訪れ、冒険者たちは護衛をしていた。
しかし、そこに緊張感は一切なく、吞気に酒を飲んだり、住民とは会話をしたり、サボったりと好き放題。
俺たちはそんな様子を見ながら、待機した。
音沙汰のない時間が過ぎ、日が沈みかけたころ、コンコンっとノックされ、扉が開く。
出てきたのはフードを被る男だった。
その姿に一瞬だけ警戒するも、その男はティルミナ聖教の騎士である証を見せた。
「私はティルミナ聖教の騎士、アルファ。ルミナ様の命によりあなたたちを案内する任務を受けております。警戒なさらず、ついてきてください」
「わかりました」
ついにこの時が来た。
俺とテラはアルファと名乗る騎士の後ろをついて行った。
その頃、防衛に勤しむ冒険者たちは相変わらず、酒を飲みながら談笑したりとしていた。
「ぶはぁ!うめぇ!!」
「おいおい、飲みすぎだぞ」
「何言ってんだ!こんな楽な仕事、暇すぎて酒飲まねぇとやってらんねぇよ!!」
この街の護衛任務、街全体を囲むように冒険者、さらにはティルミナ聖教の騎士まで配置されている。
そのせいで最初は緊張があったもの、途中で一部の冒険者が気付いたのだ。
あれ、暇じゃね?
街の周りはティルミナ聖教の騎士が見回りを行い、冒険者は街の囲むように配置されている。つまり、何かが起きなり限り、暇のだ。
だから、徐々に緊張がなくなり、酒を飲んで暇をつぶすようになった。
「はぁ、そんなに飲んで、いざって時、戦えなくなるぞ」
「何言ってんだ!俺はこの街でも最高峰の三つ星冒険者だぞ!ゴブリン、ワイルドウルフ、オークなんてこの腕で瞬殺だわ!!」
「頼もしいことだ……ん?」
森の奥へと視線を向けた。
「どうした?」
「いや、さっき森の奥から音が聞こえたような……ちょっと見てくる」
「早く帰ってくるんだぞ!!」
一人の冒険者が森へと足を向け、覗くように確認した。
「き、気のせいか?でも、たしかに聞こえて…………」
よくよく見渡すと、森の奥で赤い光が二つ、光っていた。
それは少しずつ、こちらにガサガサと近づいてくる。
そして、姿を現した。
「んっ!?ティールキャット!!」
顔が青ざめ、すぐに仲間に知らせようと、振り返り大きく口を開けて叫んだ。
「ティールキャットだっ!!!ティールキャットが――――」
そこで言葉が途切れ、ボトンっと鈍い音が鳴る。
あれ?どうして、地面がこんなに近いんだ?
そのまま彼の瞳は光を失ったが、彼が叫んだ言葉はしっかりと冒険者、そして近くを見回りしていたティルミナ聖教の騎士が確認しており、すぐにザルド聖騎士に、そして冒険者たちに伝えられた。
知らせれたザルド聖騎士はすぐに表に立ち、声を上げる。
「ティールキャットだ!ティールキャットが街に攻めてきた!全力をもって防衛せよ!!!」
その言葉に冒険者たちは慌てふためき、武器を手に取り、街を囲った。
「これほどの数とは……想定より大いな」
赤い光はすでに街の入り口を塞いでおり、これを見るにすでに街をかこっているだろ。
「今は聖女様を信じるほかない!!」
ザルド聖騎士は今できるすべてを使い、街の防衛、ティールキャットの殲滅にいそしんだ。
そんな中、聖女ルミナは教会で祈りをささげていた。
「試練の時が来ましたか…………ああ、聞こえる、聞こえる、あああ、いいすごっくいい!!」
住民たちの混乱、不安、死ぬ恐怖、いろんな感情が入り混じった声が音色のように心地よく聞こえてくる。
「聖女様!すぐにお逃げください!街にティールキャットが――――」
「なぜ、私が逃げなければいけなのですか?みんながこんなにも頑張っているのに私が逃げるなど、言語道断。それよりあなたは加勢をしなさい。ティルミナ聖教の騎士として誇りを持つのなら」
「はぁ!」
ティルミナ聖教の騎士はすぐに加勢しに向かった。
「さて、レイン様は今頃、彼のもとに…………ふふ、気に入ってくれるといいのですが、あなたのために用意したこの試練」
すべては彼女の掌の上。
ルミナは笑みを浮かべながら、ただ祈り続けた。
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