第26話 聖女ルミナの暗躍
教会内。
「様子はどうですか、ザルド聖騎士?」
ルミナ様の前で跪つくザルド聖騎士は報告をしていた。
「魔物は現在、少しずつ街へと向かっており、すでに数名の冒険者が接触したとのことです」
「思ったより遅いですね」
「お、遅いですか?」
「いえ、こちらの話です。それで?」
「このままいけば2日後には街に魔物の大群が押し寄せてくるかと」
魔物は徐々に数を増やし、3日が限界だと言いながら、もうすでにティルミナ聖教の騎士だけでは対処するのが難しいほど押し寄せている。
このままでは明日には対処できないほどの魔物が街に押し寄せてくるだろう。
「安心してください。すでに手は打ってあります。立ち寄りましたか、冒険者ギルドに?」
「い、いえ」
「実は冒険者ギルドに依頼しました。街の防衛依頼を」
「依頼ですか?しかし、相手は普通の魔物ではありません。ゴブリン、ワイルドウルフ、オーク程度ならいいですか、今、押し寄せている魔物のほとんどが…………」
「ティールキャット、三つ星冒険者でも苦戦する魔物ですよね」
ティールキャットはワイルドウルフと同じで群れで行動する魔物で、恐ろしいのは50匹以上の群れで行動する習性があることだ。
しかも、凶暴で一目見れば、襲い掛かり、やられるとスキル共感で死んだことを仲間に知らせ、群れを呼ぶ。
最低でも4人パーティーでその中に魔法使いがいないと対処が難しい最悪な魔物として知られている。
たまたま冒険者を襲ったのがオークだったからよかったものの、もしティールキャットだったら…………想像もしたくない。
「この街の冒険者を侮っているわけではありません。しかし、ティールキャットが相手となると…………」
「ザルド聖騎士、美しいと思いませんか。街の冒険者が、住民が力を合わせて街を守る。そんな物語、美しいと思いませんか?」
「そ、それは…………」
「ザルド聖騎士、あなたはただこの街を守るために尽力するだけでいい。それ以外のことは何も考えず、ただティルミナ聖教の聖騎士として剣を振るいなさい」
ルミナ様の瞳には一切の曇りがない。
だが、私は見てしまっている。ルミナ様の人ではない悪魔の一面を。
「はぁ!それでは私は失礼します」
ザルド聖騎士が教会を出た後、影からティルミナ聖教の騎士である証を持つ男が姿を現した。
「アルファ騎士、進捗は?」
「心の8割の浸食に成功いたしました」
「思ったより早いですね。それでは久しぶりに会うとしましょう」
「よろしいのですか?今の彼はかなり危険ですが」
「もしもの時はあなたが守ってくれますよね?忠実な私の騎士」
ルミナ様は悪魔の一面を全開に表に出して言った。
そんな彼女に騎士は怯むことなく、むしろ喚起に震えながら、答えた。
「ルミナ様の逢瀬のままに」
こうして、ルミナとアルファ騎士は森の奥へと足を運ぶのであった。
□■□
森の奥へと進むごとに魔物が放つ特有の匂いがつんざく中、突然、ティールキャットに囲まれた。
「ルミナ様…………」
「下がっていいですよ」
「…………逢瀬のままに」
ティールキャットに囲まれながら、ルミナ様は気にすることなく前に進む。普通ならそこで襲われて終わりだろう。
だが、ティールキャットはルミナ様を襲わず、むしろ道を開けた。
「すでに森の中に生息するティールキャットを掌握したようですね。アルファ騎士、行きますよ」
「はぁ!」
開けられた道を進む二人。
そして、広々とした空間に出た。中央にはフードを被った男が剣を地面に突き刺して座っており、周囲にはティールキャットが無数にこちらを見ていた。
ルミナ様は彼に近づき。
「お元気でした?」
語り掛けるが返答はない。
「何日ぶりでしょうか?あんなに元気だったあなたはもう見る影もない。人というのは一つの感情でこんなにも変わるものなんですね。とても勉強になります」
ルミナ様は楽しそうに彼にしゃべりかける。
「どうですか?その力、体になじみますか?魔物を操るというのはどういったん気分になるの?」
返答はない。彼はただ下を向き、ぼ~と地面を眺めている。
「心が8割も浸食されれば、こうなるのも無理はありませんよね。うん、私としたことが…………なら」
ルミナ様は悪魔のような笑みを浮かべながら、口にした。
「彼が2日後、ここに来ますよ」
その言葉に彼は反応を示し、立ち上がった。
「やっぱり、まだ心は生きているんですね。その立派な心がその日までもつといいんですが」
「あ、ああ…………」
「なんですか?」
「あ、ああ…………ああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!」
彼は叫んだ。今までに奇声を上げて、ルミナ様をにらみつける。
「そんな顔をして、素敵な顔が台無しですよ」
そう言ってルミナ様は彼をやさしく抱きしめ、両手で彼の顔を優しく包み込んだ。
「安心してください。あなたは何も悪くない。あなたは何も間違っていない。だから、泣かないで、悲しまないで」
慰めの言葉をかけると、彼は奇声をやめて、ルミナ様を見た。
「私がすべてを許します。神に誓って…………だから、試練のためにその身を神にささげなさい」
彼は恐怖していた。ルミナ様の瞳を見て、その優しさを全身に受けて。
「ああ、彼はなんて幸せなんだ」
ルミナ様の優しさを受けられるものは限られている。彼はその一人に選ばれた。たとえ、その身が穢れてしまっても。
「さぁ、始めましょう。あなたの目的のために、あなたが愛するものを手に入れるために。あなたは彼を殺して初めて彼女はあなたのものになるのですから」
「うぅ…………うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!!!!」
彼は間違いなく、ルミナ様の寵愛を誰よりも受け取っている。
「ふふ…………ああ、これぞ神の試練!始まる、始まる!!始まるんですっ!!!」
ルミナ様は踊りながら天を仰ぐ。
彼女のティルミナ様の信仰心は本物で誰よりも愚直だ。
聖女として神の神託を聞き、ティルミナ聖教の教えを伝える。だが、彼女のティルミナ様に対する愛はそんな程度の行いでは満たされない。
「レイン様…………あなたはこの神の試練、どう乗り越えるのでしょう。どうか、私に見せてほしい」
「ルミナ様、そろそろ」
「時間が過ぎるのは早いですね。もう少し、彼とこの想いを分かち合いたかったのに。仕方がありません」
ルミナ様は彼に背を向けて、歩き出し、あっ!と忘れていたことを思い出したかのように振り返り、満遍な笑みで彼にこう言った。
「それでは、さようなら」
そう言い残して、私たちはその場を去ったのであった。
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