第3話
病院に着いた二人は臆することなく堂々と正面玄関から入っていった。ブラックスーツに身を包んだ二人は昼下がりの病院では明らかに浮いていたが、それを気にしたり咎めたりする人は誰もいなかった。リストを見ながら中年の男は話し出した。
「病室は南棟の503号室か。たぶん他の死神がついてるだろうから事情を話して召すのは中止にしてもらおう」
「こういうことってよくあるんですか」
ムラカミの問いに、ヤマガミは長い溜め息をついて答えた。
「まあな。死神だって間違えることはある。まだ寿命じゃない生き物を死なせちまうのはよくあるミスだ。大したことじゃない。帳尻さえ合えば誰だってオッケーなんだよ」
「へえ」
2人はエレベーターに乗り、メガネの男が〈5F〉のボタンを押した。エレベーターは静かに上昇し、インジケーターの〈5〉が点灯して止まった。二人は長いリノリウムばりの床を歩き、ある病室の前で立ち止まった。簡素な引戸の上部横のプラスチックの板に『503』と表記してある。中年の男が引戸をガラリと開けた。
『503』号室は危篤の患者が治療を受けるICUだった。ベッドの上の青年は様々な機械に繋がれていた。様々な治療が試みられているのが一目でわかるが、田嶋祐介の呼吸や脈拍は弱々しく、顔も青ざめていた。その横に、ブラックスーツに身を包んだひょろりと背の高い男が、後ろ手に手を組んでこちらに背を向ける形で立っていた。
2人が入ってきたのに気が付き、背の高い男が振り向いた。中年の男が顔見知りらしい気安さで話し掛けた。
「よう、ミカミ。ちょっと頼みがあるんだけど」
ミカミと呼ばれた背の高い男は、軽く頭を下げた。
「お疲れ様です、ヤマガミさん。何かあったんですか」
「そうなんだよ。上がミスりやがってさあ。あ、そうそう、その前にコイツ初めて会うよな?新人のムラカミ。仲良くしてやって」
ムラカミと呼ばれたメガネの男はミカミにペコリと頭を下げた。
「初めまして、ムラカミです。これからよろしくお願いいたします」
ミカミは口だけで微笑んで儀礼的に応えた。
「ミカミです、よろしく。慣れるまで大変だろうけど頑張ってね」
簡潔な自己紹介が終わるやいないや、ヤマガミはミカミに切り出した。
「それでミカミ、頼みがあるんだけど。その若い男生き返らせたいんだけど良い?」
「良いですけど、何でですか」
「指示が間違っててさあ、寿命じゃないやつ死なせちゃったのよ」
眉を下げるヤマガミに、ミカミは心得顔で頷いた。
「ああ、そういうことですか。全然良いですよ。俺今日スケジュール詰まってて大変なんでむしろ助かります」
ミカミは分厚いリストをヤマガミとムラカミに見せた。そして一番上の書類をバインダーから抜いてムラカミに差し出した。
「これ、この男の情報渡しとくね。後の手続きとか報告は任せちゃって良い?」
まだ仕事がよくわかっていない新人のムラカミに代わって、ヤマガミが返事をした。
「ああ、やっとく。悪いな急な頼みで」
「全然。じゃあ俺は次のヤツのとこ行くんで。後お願いします」
そう言うとミカミは床に置いてあった黒い鞄を持って病室を出て行った。渡された書類を見ながらムラカミが呟いた。
「俺、召させるのはやったことありますけど逆は初めてですね」
「そうか。じゃあ調度良いからやり方覚えとけ。まずこいつは肉体を損傷してるからそれの修復を先にやる。その後魂に干渉して、ヒストリーの修正と寿命まで必要なエネルギーをチャージする。分かったか?」
「ヒストリーの修正内容は?」
そう聞かれ、ヤマガミは顎をポリポリ掻きながら考えた。
「うーん、とりあえず『86歳まで生きる』だけでいいや。細かいところは上の奴らが考えるから。今こいつを死なせないのが俺らの仕事」
「了解です」
大動脈剥離の手術は高い専門技術を必要とするが、死神にとってはへこんだ油粘土を直すようなものだ。ムラカミはヤマガミのサポートを受けつつ、作業に取り組んだ。
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