花のごとく、風のごとく(五)

「いやあ、正直に申し上げると」


 先ほどよりだいぶくだけた調子で、舅は話をつづけた。


「あなたに居られては少々、いや、かなり面倒なことになりそうでして。ゆえに、あなたには連城ここから立ち去っていただきたいのです。我らが戻ってきたときには、あなたはすでに姿を消していた、という筋書きがよいですな。理由は、そう、年の離れた夫に嫌気がさして、とか……」

「お待ちください」


 とっさに静蘭は舅の話をさえぎった。


「……それは、わたくしを逃がしてくださるという……」

「そのような殊勝なものではござらんよ。むしろ、あなたを追い出そうとしているのですから。恨まれても当然ですな」

「恨むなどと……」


 このひとを恨むなど、どうしてできよう。本来であれば兄とともに獄につながれ、断罪されるべき自分を、この舅は見逃すと言っているのだ。罪を問わぬと。いずこなりと逃げ延びよと。


 降ってわいたような自由に呆然とする静蘭の視界に、ふと夫の姿が映った。白い花のごときかんばせに、乱れた静蘭の心はすっといだ。


「ありがたきお申し出なれど、お受けすることはできません」


 静蘭は床に指をそろえ、深々と頭を下げた。


「わたくしは兄と同様、いえ、それ以上の科人とがびとにございます。兄の愚行を知りながら、何もできなかったのですから」


 兄を諫めることも、ましてや止めることもできず、ただ黙って従っていた。何も見えず、何も聞こえぬふりを装っていた。その結果、最初の夫を失った。二番目の夫の命を奪い、その城市まちを滅ぼした。


「わたくしのせいで、どれほど多くの方が亡くなったことでしょう。その罪から逃れることなどできませぬ。わたくしが邪魔だとおっしゃるなら、どうぞ、この場でお手討ちになさってくださいませ。せめて、この命をもって罪を償わせていただければ……」

「なんで」


 唐突に、細い声が割って入った。


 はっと顔をあげると、三番目の夫が静蘭を見つめていた。こちらの胸の底まで見透みとおすような、真冬の泉のごとき双眸で。


「なんで、ぼくらがそんなことしなくちゃいけないの」


 少年に、気負った様子はまるでなかった。純粋に、心に浮かんだ疑問を口にしている。ただそれだけのように見えた。


「命で償うとか、それであなたの気が済むなら好きにすればいい。だからって、なんでこっちが手を汚さなきゃならないのさ。死にたいなら勝手に……」

子怜しりょう


 舅は養い子を振り返り、その名を呼んだ。叱りつけるというより、たしなめるように。ため息まじりに、しかし有無を言わせぬ強さをもって。


「そこまでだ」


 養父の制止に夫は口をつぐみ、ふいと横を向いた。ほんのわずか、目元にふてくされたような色をにじませて。


「どうも、とんだ失礼を」


 こちらに向き直った舅は、頭を下げて短く詫びた。


「ま、どうなさるかはあなたの自由だ。ですが、この城を出るまでは、我らに従っていただけるとありがたいですな。代わりと言ってはなんですが、王家軍うちからひとり護衛をお付けしましょう。当座の落ち着き先までお供させますので、好きに使ってやってください」


 言い終えると、舅はさっと立ち上がった。つづいて夫も腰を浮かせたが、すかさず養父に肩を押さえつけられる。


「おまえはもうちょっと残れ」

「なんで」

「なんでもくそもあるか。おまえの嫁さんだろうが。最後に話くらいしていけ」

「話なんて……」


 ない、とおそらく言いかけた夫だったが、養父のひとにらみで黙り込む。


「では」


 最後に鮮やかな笑みを残し、虎の名の将軍は立ち去った。おそらく二度と会うことはないであろうそのひとを、静蘭は深く頭を垂れて見送った。


 


 

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