花のごとく、風のごとく(三)

「こたびはまあ、互いに大変でしたな」


 静蘭のしゅうとにあたるそのひとは、からりとした笑みを浮かべてあごをなでた。


 この舅と会うのは二度目になる。一度目は婚礼の宴席で。だが、あのときの静蘭は花嫁衣裳の紅布を被っていたため、顔をさらして相対するのはこれが初めてだった。


 静蘭よりいくつか年上だというそのひとは、噂どおりの美丈夫だった。背が高く、端整ながらも荒々しさを備えた容貌は、ともすれば見るひとに威圧感を与えかねないが、虎の二つ名にふさわしい悠揚迫らざる物腰が、それを和らげているようだ。戦場においては猛々しく躍るであろう両眼も、いまは穏やかな光をたたえている。


「あらためまして、このたびは……まことに、申し訳ございませんでした」


 ゆったりと足を組んで座る舅に対し、静蘭は両手を床について深く頭を下げた。


「兄の……いえ、当家の不始末につきましては、まことお詫びのしようもなく……」

「ああ、いや」


 静蘭の謝罪を、舅は笑ってさえぎった。


「顔をお上げください。あなたにはむしろこいつが――」


 そこで舅は、背後に控える少年にちらと目をやる。


「ずいぶん世話になったようで。いや、こいつにはさぞかし手を焼かれたことでしょう」

「めっそうもございません。そのような……」


 自身をめぐるやりとりに、少年は口をはさまなかった。遠慮しているわけではなく、そもそも興味がないのだろう。白い面は常のごとく無表情だったが、夫がこの会談に関心を抱いていないことは明らかだった。


 王虎将軍こと王伯英率いる一軍が、連城に帰還したのは昨日のこと。城門を守る連城の兵は、抗戦の意思もなくあっさり門を開けた。それも当然だろう。守備兵にしてみれば、賊軍を討つために出撃した味方が帰ってきただけなのだから。県令が王家軍をおとしいれようとしていたことは、ごくわずかな側近しか知りえぬことだった。


 連城に入城した王家軍はまっさきに県令府へ向かい、静蘭の兄を捕らえた。いや、すでに捕らえられていた県令を縛り上げて連行した、と言ったほうが正しかろう。部屋に踏み込んできた王家軍の総帥に、静蘭の夫はただひとこと「遅かったね」と声をかけ、その至極そっけない挨拶に少年の養父は苦笑で応じた。


 それから一夜明けた朝、静蘭はこうして王虎将軍と対面している。


 連城の県令府は、いまや王家軍の管理下にあった。県令とその側近らの捕縛は密かに行われ、兄の裏切りはまだ公表されていなかった。


 当面は伏せておくということで。そう昨夜のうちに説明してくれたのは、王家軍の幹部とおぼしき青年だった。およそ武ばったところのない貴公子然とした青年は、王家軍の本拠地から別部隊を率いて王虎将軍に合流したのだという。


 莫氏一党は討ち果たしましたゆえご安心を、と謹厳な表情で告げた青年が、王家軍の参謀役にして王虎将軍の義弟にあたる人物であることを、静蘭が知るのはもう少し先のことだった。



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