花のごとく、風のごとく(二)
「それで」
あざやかな笑みをしまい込み、少年は気のない視線を史明に向けた。
「ぼくのこと、どうするつもりだった?」
夫の問いに、兄は答えなかった。自分よりはるかに小柄な少年に押さえ込まれていることへの驚きと、おそらくそれに倍する屈辱に身を震わせ、唇を固く引き結んでいる。強情な虜囚をしばし見つめ、少年はかるく手を動かした。
次の瞬間、甲高い悲鳴が室内に響きわたった。
「うるさい」
無表情でつぶやく少年を、静蘭は呆然と見つめた。兄の首の皮を裂いた剣を手にしたまま、少年は先ほどの問いを繰り返す。
「ぼくをどうするつもりだった? 莫軍にどこまで話した? 面倒だからもう全部吐いてくれない」
「ひっ……」
つぶれた声が兄の口からもれた。襟元を血で汚し、涙と
「ひと殺し……たすけ……」
「動かないで」
静止の声は、兄だけでなく背後の兵士にも向けられていた。身を強張らせた兵たちを振り返ることもなく、少年は淡々と言葉をつづける。
「次に動いたら首を落とす。嘘じゃないよ。信じられないなら試してみてもいいけど」
このひとは誰だ。痺れたような頭の片隅で、静蘭ひとつの問いを追いかけていた。
このひとは、あなたは誰だ。大の男を難なく組み伏せ、眉ひとつ動かさず傷つけてみせたこの少年は、いったい何者だ。
「たすけ……」
「助けてほしいなら答えてよ。伯英の進路を莫軍に教えたのはあなた?」
「そう……いや、ちがう! ちがうのだ。わたしはただ命じられて……いや、脅されて……」
「脅されたって、誰に」
それは、と言いよどんだ兄だったが、少年が手に力を込める気配を察したのか、即座に「やめろ!」と絶叫する。
「言う! 言うからやめてくれ! 仕方なかったのだ……あのお方……泰州総兵閣下には逆らえなかったのだ!」
兄の口から飛び出した官名に、静蘭は息を呑んだ。泰州総兵。それはたしか、こたびの討伐軍に王家軍を招き入れた高官ではないか。
「すべてはあの方のご指示なのだ。王虎将軍を賊軍と噛み合わせて……」
「へえ」
兄の告発に、夫は熱のない相槌で応じた。
「伯英だけ? 他はいいんだ」
「所詮は無頼者の集まりゆえ、頭さえつぶせば……あ、いや、これは総兵閣下の……」
どっちでもいいよ、と少年はそっけなく兄の弁明をさえぎった。
「つまり、その閣下とやらは、あなたが莫軍と通じていることを黙っている代わりに、莫軍を使って伯英を殺せと命じたわけか。それとも、あなたから取引を持ちかけた? まあ、それもどっちでもいいけど」
「……仕方がなかったのだ」
苦しそうに、兄は言葉を継いだ。
「仕方なかった。おぬしの養父は目立ちすぎた。功をあげすぎた……あれでは、まわりに疎まれるのも無理はない。もっと
不意に、兄の目に異様な光が宿った。熱にうかされたように、己を捕らえている少年に訴えかける。
「おぬし、わたしと組まぬか。王虎将軍亡きいま、おぬしが頼れる身内はわたしだけだ。なに、悪いようにはせぬ。なんといっても、わたしはおぬしの義兄だからな。わたしがおぬしを盛り立てて、ともに王家軍の再興を……」
兄上、と静蘭はあえぐように呼びかけた。
このひとは何を言っているのか。何を口走っているのか。少年の養父を手にかけた張本人が、いったい何を。
「案ずるな。総兵閣下には、わたしがうまく伝えてやろう。もともと、おぬしは殺すなとのお達しだったのだ。殺すには惜しいと……おぬしならば御しやすかろうと……いや、閣下も見る目がない。しかし、それを逆手にとって……」
「うるさいよ」
この日はじめて、少年ははっきりと顔をしかめた。眉間を不快げに曇らせて、床に這いつくばる県令を眺め下ろす。しかしそれも束の間で、すぐにふいと目をそむけた。
「もういいや、あなた」
「待て!」
興味を失ったようなつぶやきに、兄の叫声が重なる。
「よく考えろ! ここでわたしを害して何になる。いまのおぬしには、後ろ盾も何もないのだぞ。おぬしひとりでこの先どうやって……」
ごう、と風が咆えた。
勇ましい
街を囲む城壁の、その向こうにひるがえる朱色の軍旗。風にはためくその紅旗には見覚えがあった。つい二日前、この地を発った軍勢の旗。王の字が染め抜かれているはずの、その旗を掲げるは――
静蘭は夫を振り返った。兄の身体を押さえつけながら、夫はわずかに唇の端を持ち上げた。
「この
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