7話
日曜日だった。
柴田は相変わらず古本屋だった。
圭子は部屋で一人で彼のCDを聞きながらソファで横になっていた。
昨日の会議で攻め上げられ、少し疲れていたのだ。
眠りかけたその時、突然玄関のベルが鳴った。
無視しようと思ったがしつこく鳴る、ドアに向かって、座布団を投げつけてやった。が、まだしつこく鳴る。
彼女はやれやれと思い、ドアに向かった。そしてドアを開けると、厄介な人物がそこに立っていた。
妹の恵みである。恵がニッコリ笑って言った。
「久しぶり」
圭子は頭の上に石でも落ちてきたかのような衝撃を受け、(その衝撃がどんなものかは知らないが)目を覚ました。そして言った。
「あんたを中に入れる気はないわよ、ちょっと待っていて」
そう言うと圭子は急いで着替え、外に出た。
取りあえずタクシーを捕まえ喫茶店に向かった。
タクシーの中でもぎくしゃくとした空気に包まれたまま二人は何も話さなかった。
店について席に着くと圭子がようやく言った
「何しに来たの」彼女は迷惑そうだった。
「久しぶりに会った妹にいきなりそれはないでしょ。姉さんらしいわね」恵はちゃかすように言った。
「どうでもいいでしょう。とにかく、きた目的をはっきり言いなさいよ。」圭子はイライラしていた。
「まあ、そうせかさないで・・・・。姉さんまだ働いているの。何しているの。姉妹で姉さんだけ大学へ行ったのだから一番いい思いしているじゃないの」
圭子は大きくため息をついて落ち着こうとした。
こういう態度の恵はしぶとい、なかなか本当のことを言わない。
「それよりあんた今何しているの。お母さんのことも知っているのでしょ」
話をそらそうと、圭子が恵に聞いた。
「お母さんの事は京子姉さんから全部聞いたわ。私が顔を出すとかえって心配するから、行くのはやめておく」
恵の少し悲しそうな顔が圭子はちょっと嬉しかった。
そして恵は父譲りの長い足を組み直し圭子を見つめ背もたれに持たれた。
圭子は躊躇ったようにも見えたがゆっくりと口を開き言った。
「そこでなんだけど・・・。お金を貸してほしいの」
「・・・・・・」圭子は目をつむって聞いていた。
大体そんな事だろうとは思っていた。
「100万」
恵はすっぱりと言った。
圭子はゆっくりと目を開いた。
「あんたに貸すお金なんかないわよ」
どこかで聞いたセリフだ、そう思いながら圭子は言った。
100万、内心大した額じゃないと思った。
でもこの子を助けるつもりはない、圭子はそう思った。
圭子は窓の外に目をやった、相変わらずの人ゴミ、その人たちの服装は次来る季節を知らせているようだ。
裸の並木が風に泳ぎ、空にはカラスが1羽飛んでいた。
その黒がいやに印象的だった。
しばらく恵は黙っていた。
そして表情も変えずに言った。
「仕方ないわ・・・、姉さんは一度言ったことは変えないものね」
恵はあっさりと言った。
「姉さんが貸してくれるとは思っていなかった」
そう言いながら立ち上がった、
「今度いつ会えるか分からないけど」そういって、店を出て言った。
店を出る前にここのコーヒーは美味しい、そう言った。
圭子は店を出て少し歩いた。
さっきまで青かった空が1面白い雲に覆われ、風が冷たく首筋に走った。
これでよかったのだろう。
彼女は考えながら歩いた。
恵には恩も義理も何もない。
それから1年は立ったころだろうか、ふいに一本の電話が入った。
彼女は私にかかってくる電話はたいてい良く無い知らせだ。
そう覚悟はして受けとった。
「恵が死んだわ」姉の京子だ。
「どうして」
圭子は驚きのあまり、なにを聞けばよいか分からなかった。
取りあえず、京子の家に行き話を聞くことにした。
「病気だったらしい。癌。余命1年と宣告されていた。手術すれば何とかなるかもしれないが手術費がない。理由も言わず、借りに歩き回っていた、あなたも知っているでしょう。あの子らしい」と京子が言った。
それを聞いて圭子はあの時の恵みの顔を思い出していた。
彼女は笑っていた。
しかし特別な思いは起こらなかった。
あの時、私のところに来たのはそのためだったのか。
あの時、私があの子の死刑を執行したのだ、最後のボタンを押したのだ。
あの子はどんな気持ちでそれを聞いたのか。
圭子は恵が別れ際に行った「今度いつ会えるか分からないけど」その言葉が彼女の中に甦ってきた。
葬儀も何もするお金がなかった、お金は一切出さなかった。
お金を出す気にはならなかった。
帰る途中、圭子はバスに乗り、例の喫茶店に入りコーヒーを頼んだ。飾ってあったフェルメールの絵が目に入った。
その絵の中の女の子が恵に似ていた。女の子が微笑んでいるのに圭子は少しほっとしていた。店を出ると空に茶色のカラスが1羽飛んでいた。
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