6話

 15分遅れて、ようやく圭子が待ちあわせの喫茶店に着くと、京子は腕を組み、テーブルの上の冷めたコーヒーに手を付けずに待っていた。

席に着くと圭子もコーヒーを注文した。

 喫茶店の模様ガラスに差し込んだ夕日が、寂しげに輝いていた。


「そんなこと言われても・・・姉さん。高校卒業してからしばらくの間、受験勉強しながらアルバイトまでして、お母さんと一緒に暮らしたのは私よ。今度は姉さんがお母さんの面倒見てもいいじゃない」圭子は訴えるように言った。

 「何言てるの。卒業して浪人中、あんたが面倒見てもらっていたんじゃない」


京子はそんな圭子を腹ただしく思いながら言った。


 「そんないい方しなくても。私はアルバイトもしながらお母さんを助けていたのよ。どれだけ苦しい思いをしていたか、姉さんが何も知らないだけでしょう」

圭子の様子はほとんど路上で叫ぶ共産党議員の様だった。

 「あんたいい男ものにしたらしいじゃない。お金も稼げるみたいじゃない。うちは平の公務員よ。子供も2人。それにあの狭い家でどうやってお母さんの面倒を見ろというのよ。とにかく家じゃ面倒見られないわよ。あなたがなんとかしなさい!」


圭子は姉が何時、松坂との事まで調べたのか不思議にも、恐ろしくも思った。


 「そんな・・・・。恵はどうなの。、当然あの子だって責任あるはずよ」

恵は下の妹である。

 「あの子は話にならないわ。あの子に任せたら、3日でお母さん死ぬわ」

「あの子今何やっているの」

 「わからないわ。だから怖いのよ」

「母さん、この前私の家に来たときは自分で料理もしていたし、生活は出来ているみたいよ、ほっとけばその内・・・。その内・・・」

 圭子の額には、薄っすらと汗がにじんでいた。


見つめあう二人の間を、ゆっくりと時間が流れていった。


 テーブルの上のコップの中の氷がカチャリと音を立てた。

「そのうち何よ・・・。」

 京子が言った。


「・・・・・・」圭子は何も言えなかった。


 「いい、お母さんのことはあなたに任せたわよ。あなたがなんとかしなさい」

京子が冷たく言った。そしてそう言った京子は立ち上がり、コーヒー代も払わずに店を出て行った。

圭子はガラスの窓に映る自分の顔をしばらく見つめて考えた。

 そして、京子のコーヒー代と自分のコーヒー代を払って圭子は店を出た。


外はまだ雨が降っていた。帰りのバスを待っていた。バスはすぐに来た。


 一人の老人が圭子に尋ねてきた。

「このバスは平岡に止まりますか」

 圭子はそのバスが平岡に止まらないのを知っていた、まったくの逆方向だ。そして彼女は言った。


「はい、止まりますよ」


 老人は圭子と一緒にバスに乗り込み、圭子は2つ目のバス停で降りた。圭子は

お可笑しかった。あの老人は何も知らずに、終点まで行くのだろうか。

 平岡とまったく逆方向だ。

そして青くなり、この雨の中、一人で路頭に迷うのだろうか。


 圭子はお可笑しかった。お可笑しくて、お可笑しくてたまらなかった。





 

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