家を守るー1ー2

 二度目は三年生の秋、インターハイが終わり、部活動から形式上引退したあと初めてのデートでのことだった。桐淵で昼食を食べたあと、祐介が高原を家に招いた。その日、母は市外の高校に通い始めた彩の面談のために午前中から出かけていた。


 今度こそはと意気込んでいた。自分のベッドに高原を座らせ、服を脱がせた。恥じらうその姿に興奮した。高原が自分の股間に目を走らせたのに気づき、恥ずかしくなると同時にさらに興奮した。急いでTシャツを脱ごうとしたときに、竹史のもの言いたげな目が頭に浮かんだ。なんでこげん時にたけんことを思い出すんじゃ、いらいらとしたそのとき、またもや下半身が力を失っていくのを感じた。


「目、つぶっといてくれん?」


 そう言って高原の視線を遮ると、むしり取るように下着を脱ぎ、手で刺激してみた。集中できない。驚くほど反応が鈍いことに、ますます焦った。どういうことなのか自分でもわからず、うろたえた。


 高原が帰っていったあと、祐介はひとりでベッドに横たわり、なぜ、あのとき竹史の顔が思い浮かんだのか考えあぐねていた。入学した当初から祐介は高原が好きだった。しかし、その高原は竹史にどんどん惹かれていく。祐介の目にはそれがはっきりと映っていた。竹史が高原に邪険な態度を取るたび、たしなめつつもほっとしていた。祐介と付き合い始めても、初めのうち、高原はしばしば竹史を目で追っていた。でも、今ではそれもほぼなくなった。だからもう気にしていないつもりだった。


 それでも、まだ、どっかでたけに嫉妬しちょったんかの?


 祐介にとって竹史はわがままで、幼くて、自分を一心に慕ってくれる弟のようなものだった。自分にはないぞっとするほどの能力を秘めた、小さな弟。


 たけやったら、高原をどういうふうに抱くんやろう?


 高原の服を脱がせ、白い体を無表情に見つめる竹史の浅黒い顔。滑らかな頬に、乳房に、太ももに沿わせる細い指。あいつ、高原を見るときは、いっつもにらみつけとった。あいつなら、表情も変えずに高原を押し倒すんやろうか? あいつなら、悠々と高原にのしかかるんやろうか? あいつなら、やすやすと高原を満足させるんやろうか? ――そこまで思い浮かべたところで情けなくなって止めた。



翌日、学校で高原と顔を合わせたとき、祐介は思わず視線をそらせた。すぐに高原が見とがめた。


「﨑里くん、ちょっと弓道場の裏に行こ」


 そう言うと振り返らずに歩き始めた。祐介は断るきっかけすらつかめず、後ろをついていった。



 弓道場の裏手は弓道部員しか通らない場所で、弓道場を使っていないときには、めったに人が来ない。そこに祐介を呼びこむと、高原は強い視線を向けた。


「﨑里くんさあ、私を見るなり目をそらすなんて、なんかやましいことでもあるん?」

「い、いや……、あ、いや、あの……あるわ。あの、昨日もうまくできんかった。ごめん」


 しどろもどろになった祐介に高原が顔を曇らせる。


「なあ、﨑里くん、もしかして、他に好きな人、おるんやないん? 私に言えんで、悩んどるんじゃないん? やっぱりあれは――同情じゃったんやないん?」


 次第に小さくなる高原の声に、祐介の声が高くなる。


「それは違う! そげなこたあねえ! 俺は最初にしゃべったときから高原んことが好きじゃった」


 高原が足元を見つめる。祐介も口を開かず、ふたりはしばらく黙ってうつむいていた。先に口を開いたのは祐介だった。


「俺が好きなんは高原よ。それは本当じゃけん。でも、何でかわからんけど、うまくできんの。恥ずかしい思いばかりさして、ごめん」


 高原が目を上げた。その目にはいくらか普段の輝きが戻っている。


「本当に、私のこと、好きなん?」


 祐介が真顔になる。


「当たり前じゃ。俺は一年のときから、ずっと高原が好きじゃ」


 高原がにっこりと笑った。


「ありがとう、﨑里くん。それなら、もう、私を見て目をそらすんなんち、止めて。セックスが何回かうまくできんかったからっち、そげなこと気にする必要ないやん。そのうち、うまくいくじゃろ」


「――そうじゃの。ありがとう。気い、遣ってくれて」


 祐介は強張った顔を無理やり微笑ませてそう言った。その時には、高原だけでなく、祐介のほうだって、いつか、そう遠くない将来、うまくいくと思っていた。

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