第5話 大作、米谷に現る

 船岡から戻って数日後、大作は茂庭主膳に呼び出された。

「大作、米谷(まいや)に行ってくれ」

「柴田外記のところでござるな」

「うむ、この度の谷地騒動の涌谷方の奉行じゃ。どういう風に考えているか聞いてまいれ」

「ということは、真田大作の名で会えということですか」

「それでもよい。そなたに任せる」

「はっ、わかり申した」


 翌日には米谷の地に入っていた。米谷は登米の奥にある。登米領を抜ける時には神経を使ったが、米谷の地は平和であった。

 柴田外記は元々伊達藩士ではない。生まれは長宗我部家である。幼き時に大坂の陣で、伊達家に捕縛され、その後小姓として伊達家に仕え、成長してから柴田家の養子となったのである。一説には大坂方の猛将長宗我部元親の実子という噂もある。

 1軒しかない旅籠に大作は宿をとった。そこで、湯屋に入りながら城主の評判を聞く。毎日湯屋にくるという商家の番頭がぺらぺらとしゃべってくれた。湯をあがったら酒をごちそうすると言ったら、饒舌になったのだ。

「ウチのお殿様は可もなく不可もなくだな。これといって善政をしているわけでもなし、悪政をしているわけでもない。まぁ、害がない殿様ということでは悪い殿様ではないということかな」

「登米の殿様とはうまくやっているのかな?」

「登米の殿様のことはよくわからん。だが、奥山大学という奴はよくくるな」

「奥山大学?」

「一の関公の手先じゃよ」

「原田殿ではないのか?」

「原田殿は顔は見せるが、ほとんど口を開かぬというぞ。もっぱらしゃべるのは奥山大学だということだ。柴田のお殿様は家臣にぼやいてばかりいたという話じゃ」

「すると柴田のお殿様は一人で戦っていたということか」

「涌谷の殿様は物静かだからな。家臣の話では談合では柴田の殿様と奥山の声しか聞こえなかったというぞ」

「そうか、柴田の殿様は苦しんでおるのだな。では、そろそろ酒を飲みに行こうか」

 と言って、湯屋を出た。


 翌日、大作は侍の姿で柴田外記の館に出向いた。柴田外記はすぐに会ってくれた。

「茂庭殿の家臣とな?」

「はっ、真田大作と申します」

「目付か?」

「はっ、そうでござる」

「となると、わしのことをさぐりにきたのだな」

「さぐりとは大げさな。谷地騒動のことでお話をうかがいたく」

「谷地のことか。あれには頭が痛い。登米の殿様がごり押しをしてくるでな」

「でも、実際はその裏にいる方では?」

「そこまで知っておるのか、確証はないがな」

「裏のお方が藩を牛耳ることを考えているとすれば・・」

「今までおとなしくされていた方がそんなことを考えているとは思えぬが」

「藩主、綱村公の隠居を画策しているとしたら・・」

「めったなことを言うでない。幼き藩主を見るのが後見の役目ぞ」

「その後見のお二人のご意見が食い違っておるとのこと。さすれば、ご自身が藩主となれば思いのまま」

「10万石では物足りずに62万石総どりを企むか」

「藩祖の末子とあれば藩主の座をねらってもおかしくないかと」

「そのために甥の登米公をたきつけて、騒動を起こし、藩主交代をねらうという算段か」

「それも考えられるかと」

「うむ、それも頭の中にいれて、今後の評定にあたらねばな」

「それと原田殿をどうお思いか?」

「原田甲斐か。有能な奉行じゃ。ただ、親しく話をしたことはない。評定でもめったに口を開くことはなく、何を考えているかわからん男じゃ」

「先日お会いする機会がありましたが、実直のように思えました」

「うむ、嘘を言う男ではないが、都合の悪いことは口にはせん。腹のさぐりあいが必要な男だ。警戒はせねばならん」

「茂庭の殿に何か言伝てがあれば」

「そうだな。この騒動、小さきうちにおさめるとお伝えくだされ。幕府の探索方もきているようだからの」

 と、伝言をあずかり柴田の館を後にした。あたりはすっかり暗くなっていた。

 そこに、手裏剣がとんできた。大作の頬をかすめる。大作はとっさに近くの大木に隠れた。あたりの人の気配をさぐる。動きが止まっている。

 そこで、分身の術で木切れを近くの茂みに投げつける。そこに、手裏剣がとんでくる。どうやら相手は一人だ。1対1なら負ける気はしない。だが、相手がどこにいるか分からぬ。おびきだすか、このままやり過ごすか、相手がつかめないのではこちらが不利、そこで木切れを投げつけた後、煙玉を破裂させてその場を去った。向こうもそれ以上は追ってこなかった。

(登米方か? それとも幕府方か? どちらにしても敵であることには違いない)

 翌日、茂庭主膳に米谷のことを報告した。

「そうか、幕府の探索方も出てきたか。ご老中の板倉殿から文がきておったが、そのことと関連しているかもしれぬな」

 また、しばしの休息が大作に与えられた。しかし、嵐の前の静かさにしか思えなかった。

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