第4話 大作 船岡に現る
船岡(ふなおか)は仙台から南へ10里(40kmほど)の距離にある小さな宿場町である。奥州街道沿いに家々が並んでいる。その町外れの丘の上に城主原田甲斐の館がある。伊達家の重臣で奉行をしている。知行は5000石。母は政宗の娘なので、甲斐は政宗の孫である。茂庭主膳の親戚でもある。
町は落ち着いている。夕刻に着いたので、旅籠に入った。いつもの薬売りの姿である。旅籠の湯につかってから、近くの居酒屋へ出向く。そこで、原田甲斐の評判を聞く。酒を飲んで、気が大きくなった町人に酒をおごり、話を聞きだす。
「ところで、船岡のお殿様はどんな人かの? 我ら商人には厳しいのかの?」
「いや、そんなことはあるまい。殿様はできたお方じゃ。今では奉行職につかれ、お忙しいようだが、前はよく町や畑にきて、領民に声をかけてくれたものじゃ」
「気さくな殿様なのじゃな」
「うーん、気さくというわけではないな。あまり笑わぬからな。だが、困りごとがあると親身になって考えてくれる殿様じゃ。できぬ時はできぬとはっきり言うしな」
「どんなことを相談したのじゃ?」
「隣村との水争いじゃよ。上流の村が川に堰(せき)を造って、水を止めたのじゃ。それで我ら船岡と水争いが起きそうになったのを、殿様が出てきておさめてくれたのじゃ」
「ほー、どうやって?」
「堰を半分にしたのじゃ。それで船岡の水は確保された。上流の村は水量は減ったが、なくなったわけではない。殿様の顔を立てておさめたわけじゃ」
「商家に対してはどうですか? 貢ぎ物は受け取られますかね」
「袖の下か、そういうのは殿様は好かんな。商家には一定の年貢が課せられており、それ以上のものは受け取られんらしい。分け隔てなく接するためらしい」
「殿様がそうでも、家臣はそうではないのでは?」
「前に、商家から賄賂を受け取った家臣がいたのが発覚して、即追放にしたそうじゃ」
「そうか、袖の下は通じぬか」
「お主も正々堂々と商いをした方がいいぞ」
と言われ、大作は甲斐が己れの利益だけで生きているのではないと感じていた。
その日の夜、原田屋敷にしのび姿で行ってみた。ところが、苦手な犬がいる。しのびの気配も感じる。つけ入る隙(すき)がないので、その日は侵入をあきらめた。
そこで、翌日今度は侍姿で原田屋敷を訪問した。久田久兵衛の名前で訪れた。主人の原田甲斐は不在で、用人の後藤文兵衛が対応してくれた。
「今日は、どのようなご用で?」
「はっ、若年寄り茂庭主膳殿の命で原田甲斐殿への言伝てをもってまいりました」
「そうですか? 文でしたらお預かりしますが」
「いえ、文はございませぬ。直接、お話ししろと言われております」
「そうでござるか? では、夕刻までお待ちいただけるか」
「はっ、わかり申した」
ということで、客間にて待つことになった。厠の行きかえりに館の中を見ることができたが、5000石の割には質素な造りである。贅をつくしているとは、とても思えない。必要十分な屋敷である。
夕刻、原田甲斐がもどってきた。後藤文兵衛が大作を案内してくれた。会うなり、
「お主、大作であろう。前に茂庭殿の家で会ったことがある」
と大作の身分がばれてしまっていた。
「茂庭殿とは、わしにとっては従兄じゃ。母は名目上は茂庭の出だからの」
と出自を話し始めた。実は、茂庭主膳の母は政宗の側室であった。子ができたゆえに茂庭家に出されて、娘を産んだのである。それが原田甲斐の母である。血筋は政宗であるが、茂庭家とは親戚筋になるのである。だから、原田甲斐が茂庭家に出入りするのは不思議なことではない。そこで大作が見られた可能性はある。
「して、大作、主膳殿からどのような言伝てがあるのじゃ?」
「特にはございませぬ。様子を見てこいと言われたまで」
「そうか、それで何か気になったか?」
「いえ、何も。原田殿の治世も見事で感服した次第」
「それはありがたい。でも、それでは主膳殿は納得せぬであろうな」
「確かにそのとおりでござる。心配ごとはお奉行として、偏ったことをなさっていないか、ということでござる」
「だろうな。わしは一の関公側の奉行だからの。例の涌谷と登米の土地争いの件じゃな」
「はっ、お見それどおりでござる」
「お主はどう思う?」
「拙者の考えなど・・」
「いいから話してみろ」
「そうですか、それならば登米の方のごりおしではないかと」
「そうだろうな。見ただけではそう見える」
「事実は違うと・・?」
「裏がある。その裏を明かすことはできぬが、そのことはわしに任せてくれぬか」
「そうでござるか。そのようにご家老に報告してよろしいですか?」
「主膳殿には見ててくれとだけでよい。余計なことはするな、と」
ということで、大作は船岡を後にした。
翌日、茂庭主膳に原田甲斐の言葉を伝えた。すると、
「甲斐は何かをする気か。己れのために動く者ではないが、考えていることがわからん。ただ、我らは動けんな」
しばし、大作は待つことになった。
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