第3話 大作 一の関に現る

空想時代小説


 登米からもどってきて、3日目。茂庭主膳から呼び出しがきた。大作の部屋にぶら下がっている鈴が鳴ったのである。時代劇では、殿が呼ぶと、すぐに忍びが現れるシーンがあるが、四六時中殿の近くにいるわけにはいかない。実際の話はごく地味なものである。

 大作は早速主膳の部屋の前庭に出向いた。

「殿、お呼びですか」

「うむ、今度は一の関にとんでくれ。宗勝殿の動きをさぐれ」

「はっ」

 とまたもや風のごとく去り、駅伝の馬を駆り一の関の手前、金成(かんなり)で降りた。一の関は仙台藩の支藩であるが、10万石の領地をもっている。藩内ではもっとも格上であり、関所をもうけることも許されていた。藩主宗勝は2代当主忠宗の異母弟である。初代藩主政宗の10男である。3代当主綱宗が蟄居引退になり、幼い綱村が4代当主となり、その後見人をつとめている。もう一人の後見人田村右京は忠宗の庶子なので、宗勝は叔父であり後見人の中でも序列があった。当初は、宗勝も何も口を出さなかったが、次第に政務に口を出すようになってきた。家老と対立することもあるらしい。

 一の関領にはすんなり入ることができた。薬売り姿で仙台の手形をもっているので、特に怪しまれることはない。まずは、旅籠に入り汗を流す。夕飯をとりに、近くの居酒屋へ出向く。そこで地元の者たちの話に耳をそばだてる。ほとんどは他愛もない与太話である。だが、その中でも興味ある話が聞けた。

「最近、早馬が多くないか? お前んところは馬番だから忙しいんじゃねえか?」

「んだ。毎日のように馬が出入りする。ほとんどは隣の金成の馬なんだが、時々違う馬もいる」

「どこの馬かわからんのか?」

「うん、遠くの馬もいるみたいだ」

「遠駆けをしてきた馬か。世話が大変だな」

「んだ。足が疲れているから癒すのが大変なんだ」

 という話は収穫だった。

(早馬で各地と連絡をとっているということか)

 

 翌日は、薬売りをしながら情報を集めた。

 ある商家で耳よりの話が聞けた。

「最近、商いの方はどうですか?」

 と大作が聞く。

「薬屋さん、店構えを見てもらえばわかるでしょ」

「これだけの品ぞろえだと、商売繁盛ですな」

「そうなんだよ。いいお得意がいてな。珍しい物を高値で買ってくれるんだよ」

「へぇー、どんな物ですか?」

「この前は熊の毛皮だったな」

「それは珍しいですね」

「琥珀の壺というのもあったぞ」

「それってご禁制の物じゃ?」

「内緒だ。ここだけの話だぞ。まぁ、景気がいいということだ」

「いいことですな。わしの薬も売れるかな?」

「それは別だろ。どうやら献上品ということだったぞ。薬は献上品にはならんだろ」

「献上品ですか? たしかに薬は日常品だから無理だわな。それにしてもどなたに献上しているのでしょうかね?」

「それはわかるわけはない。でも、ご家老が集めているみたいだぞ」

「ということは、仙台の殿に献上ですか?」

「まさか、幼い殿に熊の毛皮はないだろ。熊の毛皮を喜ぶのは江戸か京のだれかだろう」

「そうですよね。どこかの高貴な方かもしれませぬな」

 というやりとりで、一の関藩が献上品を集めていることを知った。他の店でもさぐりを入れてみると、同様の反応だった。

 では、どこに献上品をもっていっているのか、それをさぐる必要があると思う大作であった。


 その夜、家老の屋敷に潜り込んだ。一の関藩主の宗勝公は江戸の藩邸にいる。地元で一番力があるのは城代家老の伊沢隆勝である。忍び込むのはさほど問題はなかった。忍びはいると思われたが、雨が降り出してきたので気配を隠すのは比較的容易だった。

 家老の部屋はすぐにわかった。話し声が聞こえ、人の出入りが多い。屋根裏にじっとして聞き耳をたてる。しょうもない話も多々あったが、ひとつだけ献上品にかかわる話があった。

「ご家老、早馬がもどって文をもってまいりました」

「うむ、思ったより早かったな。どれ、先方は何をご所望かな?」

 と言って、家老は文を開く。

「今度は名物の菓子か」

「菓子でございますか? それでは簡単でございますな」

「何を申す。その菓子の下に何枚もの小判を入れねばならぬ。あまり大きな箱でも、小さすぎる箱でもだめだ。そこそこの大きさの物でなければならん」

「そうでございました。早速手配しますが、側用人殿も直接言ってくれればいいものを」

「それを言うでない。殿もご機嫌伺いに大変なのじゃ」

(側用人? 藩主がご機嫌伺いをする相手は幕府の要人か?)

 と大作が感じた時、屋根裏で人の気配を感じた。忍びの動きだ。それも二人いる。大作はすぐさま移動し、庭に出た。そこに、二人の忍びが現れた。大作は体を回転させながら手裏剣を放つ。しかし、向こうもさる者、たくみに避けている。一人が忍び刀で大作に斬りかかる。それを大作は忍び刀の鞘で受け止め、素早く抜いて敵の首筋に刺す。血が噴水のように吹き出し、その忍びはドサッと倒れた。すると、警備の武士が5人やってきた。こうなると逃げるしか手はない。大作は煙玉を使って、身を隠した。近くにある石を茂みに投げ、そちらに逃げたと見せたのである。いわば分身の術である。一晩、気配を隠して軒下に隠れていた。こわいのは犬だが、家老の屋敷には犬がいなかったのが救いだった。

 明け方、屋敷から抜け出し、侍姿で一の関領を後にした。仙台藩士の鑑札は関所でも大手を振って越えることができたのである。ただし、真田大作の名前はだしていない。久田久兵衛という名で通っている。

 金成からは馬を駆って、仙台に向かう。吉岡で馬を乗り換えている時、不審な男を見かけた。金成でも見た。それに歩き方がしのびだ。もしかしたら一の関で出会ったしのびかもしれぬ。と思った。そこで、途中で罠をしかけることにした。富谷という宿場町のはずれで馬を降り、様子をうかがう。すると、その男は通り過ぎてから引き返してきた。大作が乗った馬を確認している。明らかに大作を尾けている。

「わしに何か用か?」

 と大作が言うと、その男は刀を抜いた。大作も刀を抜く。まずは、正眼の構えで向かい合う。どちらも動かない。すると、敵は左足を前に出して刀を立てて八相の構えに変える。そこで大作は右足を下げて、下八相の構えにする。定石の流れだ。

 間合いが詰まらないので、相手は一歩前に出て上段に構えてくる。打ち気満々だ。大作は一歩引き、下段にする。打ち気なしの構えである。だが、相手にはそれが無気味に思えたらしい。苦し紛れに大上段から打ち込んできた。そこを大作は体を横にして横一閃に払った。相手がもんどり倒れた。

 茂庭主膳の屋敷に着き、報告を行った。主膳からは

「ご苦労であった。幕府方に献上品を送っておったのは、江戸からも報告があがっておった。これで確信となった。相手は大老の側用人だ。なぜ、献上品を送っているのか、そこを調べねばならぬな。大作、次は船岡の原田家をさぐってくれ」

「原田殿は一の関公の奉行衆でござるな」

「うむ、一の関公の手先じゃ。実際に動いているのは原田甲斐じゃ」

「わかり申した。行ってまいります」

 と言い残して、大作は風のごとくいなくなった。



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