第2話 大作、登米に現る
空想時代小説
大作は涌谷からの道ではなく、内陸寄りの道から登米に入った。だいぶ遠回りだったが、駅伝の馬を借りることができて、それほど日数は変わらなかった。この駅伝の馬制度は仙台藩が江戸までの早飛脚をするために作った制度で、藩士であれば五里(20kmほど)のところにある馬小屋の馬を借りることができる制度である。今でいうレンタカーみたいなものである。こういう時のために偽の手形をもっており、大作は別の名で馬を借りていたのである。仙台から吉岡・大崎を経て瀬峰まで来ることができた。ほぼ15里(60kmほど)である。徒歩ならば2日かかるところを1日かからずにやってきた。行く気になれば、北の南部藩の境まで行くことができる。
馬を降りてからは、また薬屋の服装に着替えた。侍姿で田んぼ道を歩くのは目立ちすぎる。
途中、登米領にはいるところに番屋はあったが、関所はなかった。薬屋の姿で通っても、何もなく通ることができた。
(涌谷との境だけで通行税をとっているのか。おかしなことだ)
と思いながら、登米の町に入った。町は落ち着いている。仙台藩ができる前は、秀吉の家臣である木村親子が支配していたが、大坂流のしめつけの支配をしたために、民衆の反乱がおき、一揆勢が登米の城を奪い取ったのである。それをおさめたのが政宗であるが、裏の話では政宗が一揆を扇動していたという噂もある。例の、目なしのセキレイの一筆の話である。目なしのセキレイの一筆というのは、当時、奥州支配を任されていた秀吉の直臣蒲生氏郷(がもう うじさと)が政宗が一揆勢にあてた文書を手に入れ、それを扇動の証拠として秀吉に訴えでたのである。それで、政宗は秀吉に呼ばれ、釈明をすることになった。その時の釈明が
「この文書の花押であるセキレイには目があいてござらん。拙者は必ず針で目をあけるようにしております。この文書は先日辞めた右筆(ゆうひつ)の大村が書いた偽の文書でござる」※右筆とは大名らの側近で代筆する役職
この釈明を秀吉は信じた。というか信じた素振りをした。これからの奥州支配を考えた場合、融通のきかない官吏方の蒲生氏郷よりは、才覚ある政宗に任せた方がいいと思ったのである。氏郷は京より離れた会津より近江にもどりたいと思っている。その考えを秀吉はおそれたのである。秀吉亡き後の治世を氏郷がねらっている気配があると思っていたのだ。そう思われた氏郷はこの後、失意の中、病で亡くなってしまう。
という薄氷を踏む思いをしながら、政宗は登米の統治を得ることができた。一揆の首謀者たる5人の首は秀吉に送ってある。と言っても、首謀者の顔を大坂方はだれも知らない。牢に入っていた罪人の首を差し出しただけである。よって、登米の一揆勢もすんなりと政宗の統治に従ったのである。そして、登米には一門の白石宗直(むねなお)を置くことにした。この宗直は大坂夏の陣で功があり、政宗から一門に列せられている。その後、養子として2代目藩主忠宗の子が入り、一門から一族に格上げとなり、今は4代目の宗倫(むねとも)が当主となっている。
まずは旅籠に入る。これといって変わったことはない。周辺の村々からやってきているが、涌谷から来ている者は一人もいなかった。湯屋へ行っても特に変わったことはない。居酒屋へ行っても同じだった。登米の町は平穏そのものである。
そこで大作は登米の城に忍び込むことにした。登米に入って2日目の夜半である。大作は忍び装束に着替え、土塀の脇に立つ。鉤がついた縄を土塀の向こうに投げ入れ、ひっかかったところでその縄を伝って土塀を越える。越えたところで、すぐには動かない。茂みでしばらく身を伏せる。敵は見張りである忍び集団黒はばき組である。登米の城程度の規模であれば少なくとも5人はいるはずである。本来は味方なのであるが、今は敵と同じである。なわばりを荒しているようなものだからだ。
四半刻(しはんとき・30分ほど)、気配を隠して茂みにいて様子を伺う。時に見回りの侍が近くを通るが、忍びではない。そこで、スキを見て館に忍び込む。そして廊下の屋根板をはずし、屋根裏に忍びこむ。屋根を伝って屋根裏に入る忍びのイメージがあるが、屋根からは瓦をはずさないと屋根裏には入れない。音はするし、忍び込んだ跡ができるので、あまり賢い方法ではない。
屋根裏に入り、また四半刻ほどじっとしている。闇に目をならさなければならない。そのための訓練も幼い時からしている。それに屋根裏にいるかもしれぬ忍びにも注意しなければならぬ。
音を出さぬように梁(はり)を伝って歩く。下から明かりがもれるところにくると足を止め、聞き耳をたてる。女中部屋では他愛のない噂話が聞こえる。どうやら城主は相当の女好きのようだ。城主の間の上にいったが、ちょうど女といちゃついているところだった。それを聞いてもあまり意味はない。近侍の侍の部屋をさがした。すると城主の間からほどなくして、その部屋が見つかった。その中での話に大作は興味をもった。
「殿は今日もおなごとたわむれか」
「うむ、今日も新顔だ。よくぞ続くものだな」
「英雄、色を好むというではないか」
「今の時代に英雄はいるのか?」
「領土を拡げようというお方じゃ。今どきそんなことを考えるのは英雄しかおらんだろ」
「例の谷地の関所のことだな」
「うむ、来月にはまた関所を移動するらしい」
「となると、涌谷もだまってはおらぬだろうな」
「なーに、涌谷が何を言ってきてもどうということはない。なんといっても殿の後見役は大物だからの」
(登米の殿よりも大物とは? そんな人物は藩内では数人しかいない)
と思った時に、屋根裏の向こうで「ピー!」と笛が鳴った。くせ者侵入の合図である。大作は急いで、侵入した廊下の屋根裏にもどる。そこに手裏剣がとんできて、大作の脇をかすめていく。黒はばき組だ。なんとか屋根裏から降り、庭に出ることができた。しかし、そこに二人の黒はばき組がいる。大作は短めの忍び刀で応戦する。二人に囲まれているので、休みなしで攻められる。一人だけなら煙玉で消えることができるが、そんな余裕はない。そこに、近侍の侍たちがやってきた。その中の一人が弓を構えた。そこで黒はばき組が大作から離れた。その瞬間を大作は逃さなかった。煙玉を投げつけ、あたり一面に白煙が立ち込めた。その隙に大作は土塀を乗り越え、姿を消した。くせ者を逃した登米の侍たちは舌打ちをしている。
翌日、大作は茂庭主膳の前にいた。
「登米は平穏でござる。ですが、城の侍が言うには殿が領土拡大を画策しているとのこと。それが谷地だということです」
「やはりな。そうでもなければ関所をつくって通行税などとらんだろ」
「はっ、瀬峰から登米に入りましたが、関所はございませんでした」
「だろうな」
「それで谷地の関所を来月には移すとのことです」
「涌谷が怒るであろうな」
「と、登米の侍も申しておりました。それとあとひとつ」
「まだあったか」
「その侍たちが申すには、殿の後ろには大物がいるので心配ないということでした」
「なに! 登米の殿よりも大物といえば、ご家老か後見人である一の関殿か田村殿だぞ。3人のうちのだれかが、この騒ぎに関与しているということか。見逃せないな。こちらでも調べてみる。大作、しばし休んでおれ。直に次の命を授けることになると思う」
ということで、屋敷内の自室で休むことにした。忍び部屋なので屋根裏からでないと入れない部屋である。
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