隠れ目付真田大作

飛鳥 竜二

第1話 隠れ目付真田大作登場

 空想時代小説


 仙台藩城下、若年寄茂庭主膳の屋敷の庭先に大作はいた。

「大作、よくぞまいった」

「はっ、これより父に代わりまして、茂庭殿の命に従いまする」

「うむ、そなたの父はよくぞ働いた。職務とはいえ、おしい者を亡くした。そなたも父同様職務に励めよ」

「はっ、心してあたります。それで、こたびはどこへ?」

「うむ、涌谷(わくや)へ行ってほしい」

「そこで何か?」

「それをさぐるのがお主の役目じゃ。心得ておるとは思うが、目付の職は秘匿である。決して身分を明かしてはならぬ。よいな」

「心得ております」

 と大作は応えて、庭先から消えるようにいなくなった。

 大作は目付の職にあるが、探索が主であり、時には百姓になったり、乞食にもなったりもする。数年前から父の下で働いてきた。元々は草の者で父祖は信州上田の地からやってきた。仙台真田氏の縁戚である。領地は仙台真田氏の地元である刈田郡に細々とある。そこに母と妹が暮らしている。仙台藩には黒はばき組という忍び組織がいるが、大作は若年寄直属の忍びなので組織では行動していない。常に単独行動である。父、大吾は職務の最中に謎の死を遂げた。秘密を握ったので。敵に察知されて殺されたとしか思えなかった。背中を斬られて川を流れていたのが発見されたのだ。見つかった時には息がなかった。隠れ目付なので、藩で葬儀をすることはかなわず、若年寄からなにがしかの香典をもらい、地元でささやかな葬儀をするしかなかった。大作が死んでも、そういう運命が待っているのである。


 時は寛文5年(1665年)、仙台藩は4代目綱村の時代である。といっても幼き当主なので後見人として一門の一の関藩主の宗勝と田村右京太夫が後見人となって政務にあたっている。実質の藩の政務は奉行が行っているといっても過言ではなかった。その中でも最も権力をもっていたのは奥山大学である。その奥山大学が涌谷城主宗重といさかいを起こしたようなのである。

 涌谷城主宗重は先代の時代まで亘理氏と名乗っていた。だが、初代藩主政宗から功を認められ、一門に列することになり、涌谷に2万石の領地を賜ることになったのである。2代目宗重は50才になっていたが、元気そのものであった。

 涌谷の町は川の北側に涌谷城がそびえたち、その奥には箟岳(ののだけ)という修験者の山がある。そのふもとには砂金がとれる小川があり、一般の者は立ち入ることができない。川の南側には商家が連なっている。その周辺には農村地帯が広がっている。2万石といわれているが、実質は3万石の領地である。

 そこに、大作は薬売りに扮して涌谷の町に入った。薬売りならば、いろいろなところで話を聞くことができる。町の者からも疑われることは少ないので、幼い時から薬の知識を父親から叩きこまれていた。

 まずは、旅籠に入る。そこで湯屋に入りながら町の人々の話に聞き入る。こういうところで聞く話が、結構役にたつ。そこで、旅の者同士が話している話が気になった。

「おいら、北の佐沼からやってきたんだが、途中の谷地に関所ができていてな。なんだかんだ聞かれたよ。そのあげくに銭を取られたよ。通行税だそうだ。前はなかったのによ」

「仙台藩の中なのに関所があるのか?」

「そうなんだよ。国ざかいじゃないのにな。あれじゃ山賊と同じだ」

「なんか変な話だな。もしかして山賊が侍に化けていたりして・・」

「おーこわ」

 という会話が大作の勘にビビッときた。

(谷地に何かある)

 谷地は涌谷領と登米(とめ)領の境にある。領地の境に番所を置くことはあっても関所を置くことはまずない。ましてや通行税をとるなどということは聞いたことがない。ということで、翌日谷地に行くことにした。


 涌谷から谷地まではおよそ1里(4km)ほど。半刻(はんとき・1時間ほど)で着いた。そこに、田んぼの中の一本道に関所があり、その脇には番屋がある。そこを見ることができる茂みからしばらくその関所の様子を見ていると、涌谷領から来たと思われる商人が関所前で右におれ、田んぼのあぜ道を歩きだした。すると、関所から2人の侍が駆けだしてきて、その商人を追う。追われた商人は追いかけられたので走って逃げる。だが、つかまってしまった。そして二人の侍に番屋へ連れ込まれてしまった。

 しばらくして、その商人が関所からでてきた。荷は取り上げられ、涙目である。そこで、その商人を呼び止め、事情を聞くことにした。

「わしは薬を売りに登米まで行くところじゃが、どうされた?」

「登米に行く? やめた方がいいぞ」

 と言い放し、さっさと去ろうとする。それを呼び止め、なにがしかの小銭を渡すと足を止め、話をしてくれるようになった。

「わしは石巻の干物売りじゃ。涌谷から登米にまわって商いをしておるが、以前もあの番屋で止められ、通行税を取られたことがある。1日分のもうけがパーじゃ。それで、番屋をさける道をとろうとしたら、関所破りをするか! と怒鳴られ、あげくの果てには干物も売り上げもみな取り上げられた。散々じゃ」

 と言うので、

「それは残念だったな。ところで、あの番屋の侍はどこのご家中だ?」

 と聞くと、

「あれは登米の連中だ。佐沼のなまりがあった」

(登米か、宗倫(むねとも)殿の配下か)

 宗倫は一族に列せられている。藩主の縁戚である。一門の宗重は名字は同じだが、功臣ということで名字を賜った立場なので、家格としては一段低い。涌谷側は苦々しく思っているかもしれない。そこで、涌谷の番屋に行ってみることにした。

「薬屋でございます。何かご用のものはございませぬか」

「おー、いいところへ来た。傷薬はないか?」

 ということで、番屋の役人と接することができた。薬を用意している間、先ほどの関所について聞いてみることにした。

「ところで、谷地に関所ができておりましたが、あれはどうしてですか?」

「あそこを通ったのか?」

「いえ、旅人から通らない方がいいと言われ、もどってまいりました」

「それは賢明だったな。あそことはちともめておってな」

「もめているとは?」

「実は、あの関所は先月までもっと登米寄りにあったのじゃ。ところが、先月からあそこにできて、あげくには通行税までとるようになったのだ」

「登米側が出張ってきたのですか?」

「そうなのだ。涌谷の殿様も登米に申し入れをしたというが、らちがあかないようだ。涌谷と登米の行き来がしずらくなり、困っているということだ。わしにはあまり関係ないがな」

 という返事がきた。これで、涌谷の情勢はほぼつかめたと思い、大作は早速、茂庭主膳に報告にもどってきた。

「殿、涌谷に行ってまいりました」

「して守備は?」

「はっ、涌谷と登米の境の谷地というところの田んぼ道に登米の関所ができております。通行税をとっているということで、涌谷から登米に行きにくくなっているということです」

「それだけか?」

「実は、その関所の位置は先月までは登米寄りにあったとのこと。それが涌谷に近づいてきたので、涌谷の殿様は登米に申し入れをしたそうです。ですが、らちがあかないとのこと」

「それだな。最近、宗重殿からご家老に文がきて、宗重殿に不満があるようだということを言っていた。ご家老がなにがしかの裁断をするのだろうが、宗重殿は厳しい立場だの。相手が一族の宗倫殿ではな。よし、大作、次は登米に行ってまいれ。関所の場所をどうして移したのか、それをさぐってまいれ」

「はっ」

 と言葉を残し、大作は風のようにいなくなった。

 

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