購買部は案の定というべきか、大混雑に見舞われていた。

 文字通り商品が飛ぶように売れ、押し合いへし合いの揉み合いでなかなかレジまで進めない。


「えっと、木下の友達だよね。なに買うの? レシート別にして買ってこようか?」

「大丈夫です。どうせ私も、領収書切らないと駄目なんで」

「あれ? 君の部も人いないの? 俺もほとんど強制的に一年で部長就任なんだけど」


 あまりにも自然に会話が続くのに、本当に引きずられて前のときのようなテンポでしゃべりそうになるのを、私はつっかえつっかえ言葉を飲み込むことで、それを阻止する。

 今と前は、全然違う。ただ……。

 前のときに見た、瀬利先輩とのキスシーンが、今しゃべっている彼と結びつかないから困ってしまう。まるで、前のときに見たあれは、私の勘違いだったんじゃないかと錯覚しそうになる。

 それに私は内心かぶりを振る。

 今の私は、もう近藤くんとお付き合いしている。近藤くんが誤解するような真似はしちゃ駄目だ。実際問題、恵美ちゃんはもうちょっとであんなにいい人の彼氏さんを誤解させてしまったせいで、破局しかけた。……たしか、彼氏さんがわかってくれたおかげで、その危機は去ったはずなんだけれど。

 私は脳内でどうにか考えをまとめると、やんわりと口を開いた。


「お互い大変みたいですね、アクティブ部員が全然いなくって」


 私たち似ていますね、みたいな風に話を進めてしまったら、勝手に連帯感をもたれてしまい、篠山くんのペースで振り回されてしまう。彼は人たらしでおだて上手なのは、前のときにさんざん思い知っているから、相手にイニチアシブを持っていかれてしまったらいけない。

 自分をそう戒めて、私はそう言葉を打ち切る。

 押し合いへし合いになりながらも、どうにかレジに辿り着いたので、欲しい商品を叫ぶと、店員さんがすぐに両面テープにガムテープ、仮止めノリを出してくれた。私はすぐに支払って購買部を出ようと財布を開けたとき。

 財布の小銭が開けた勢いでパーンと辺りに散らばってしまった。って、嘘。こんな後ろに長蛇の列になっているところで、お金をぶちまけたの……!?

 後ろから舌打ちが聞こえる中、私は「すみません、すみません……っ!!」と声を上げながら、ぶちまけた小銭を拾い集めはじめた。ちょうど私の隣のレジに辿り着いた篠山くんも、さっさと目的の品を買い、領収書を切ってもらいはじめたところで、私に声をかけてきた。


「大丈夫? 小銭拾うの手伝おうか?」

「け、結構です! すぐ終わるんで!」

「でも後ろ」


 そう言いながら私の制止の言葉も聞かずに、一緒に小銭を拾いはじめた。

 私のミスとはいえど、なんでこんなにタイミングよく、小銭が飛び散るんだろう。私はどうにか自分が拾えるだけ小銭を拾い終え、あとは篠山くんの足下に落ちたぶんをもらえば終わりと、どうにか立ち上がろうとしたとき。篠山くんの口元がちらっと目に入った。

 彼の口角は、きゅっと上がっていた。……ちょっと待って。どこに笑う場面があったの。

 まさかまさかと思っていたけれど、なんの証拠もない疑惑が、胸の中を占めていく。

 彼は、私が死ぬ前の記憶をやっぱり持っているんじゃあ。そんなの私の思い込みかもしれないって思っているけれど、状況証拠だけが、どんどんと積み重なっていく。

 そんなことある訳ないとは思っている。でもそんなことある訳ないと言い切れるだけの証拠もないんだ。

 そうこうしている間に、こちらをじっと待ってくれていた店員さんに頭を下げながら支払いを終え、ようやく混雑していた購買部から逃げ出すことができた。

 元来た道を戻ろうとする中、「えっと」と篠山くんから声をかけてきた。


「木下の友達だったら、言いにくいじゃない。君をなんて呼べばいいの」


 そう軽く声をかけてきたのに、私は喉がヒュンと鳴るのがわかった。

 なんで友達と同じ部活の人ってだけで、名前を教えないといけないの。

 身持ちが固いとは自分でも思っているけれど、友達の知り合いってだけの人に名前を教えるのは怖いって、思わないんだろうか。

 私はただ、笑顔をつくって買った荷物を抱き締めた。盾にするには心細いけれど、逃げないとととっさに思う。


「……恵美ちゃんにでも聞いてください」


 私はそれだけ言うと、一目散に階段を駆け上がっていた。

 篠山くんはなにか言いたげな顔をしていたけれど、それ以上追及することなく、私を見送る。

 ……なにか決定的なことを言っていた訳じゃない。私が死ぬ前の出来事をほのめかした訳でもない。でも。

 私は息を切らしながら階段を昇り終え、その場に息切れでしゃがみ込んでしまった。

 篠山くんはやっぱり。前の時のことを覚えている。彼の距離感の取り方は、付き合っているのか付き合ってないのかわからないもので、身内として一緒にいるときは、私もこの人はいったいどうしたいんだろうと思ったものの、最終的には仕方ないと諦めてしまっていたけど。距離を取った今だとわかる。

 あの距離の詰め方を、会ったばかりの人間にはしないでしょ。初めて出会ったときの近藤くんとのことを思い返し、私は小さく首を縦に振る。

 最初暴言を吐かれて泣いてしまったけれど、あれくらい距離感の詰め方を失敗したり、逆に距離を開けてよそよそしくなったりするものだと思う。

 あの距離感は、いくらなんでもおかしい。

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