二周目:夏。新しい恋をしました。

 蝉の鳴き声がぐわんぐわんとこだましている。

 それを耳にしながら、掃除も終わって閑散とした教室で恵美ちゃんに涙目で訴えていた。

 窓を全開にしても、クーラーの埃っぽい匂いはちっとも取れない。私の訴えに、恵美ちゃんは困ったような声を上げた。……実際に困らせてしまったんだろう。


「あのさあ、そこまで思ってるんだったらさあ、ちゃんと告白したほうがいいよ。ほら、今さ、部の中無茶苦茶空気悪いじゃない。争奪戦? 皆が皆、互いの動きを見てカバディしてるみたいな感じでギスギスしてさ」

「……私はさ、別に。篠山くんに告白しても失うものってないんだよ。だって、もしフラれてもそのまま部活に顔を出さなかったら、別に会わないし。同じクラスでもないし。でもさ、私がフラれたのを見たらさ、他の子が告白する気になると思う?」

「うーん……それなんだよねえ……」


 私は自分が泣きながら恵美ちゃんに必死で訴えている言葉を、ただ傍観していた。

 これって私が死ぬ前のときのこと……だよね。たしか、篠山くんと瀬利先輩が付き合ってるんじゃないかって噂が流れたときだったと思う。

 元々幽霊部員が多かった部なのに、篠山くん目当てで入部する子が増えていたのが一転、彼が既に付き合っているという噂のせいで、一斉退部したんだったか。

 この間、近藤くんと一緒にゲーセンに行ったとき。篠山くんの周りにいた女の子たちのうちの何人かも、そのときに辞めたんじゃなかったかな。

 私は当時、園芸部の存在を知らなかった上に、活動の緩い部じゃなかったら困るからと、部を辞めることもできず、ただ恵美ちゃんに泣きついてどうしようどうしようと愚痴をこぼしていた気がする。

 そんな中、ガラッと戸が開いた。話をしていた瀬利先輩だ。白いセーラー服のリボンタイは取ってしまい、自由になった胸元からはチラチラと谷間が見えるのに、私たちはそっと目を逸らした。

 わかりやすく恵美ちゃんが顔をしかめたのは、恵美ちゃんがあからさまに女を武器に使ってくるタイプが嫌いだからだろう。


「よっす、恵美に由良。いま大丈夫か?」


 私と恵美ちゃんは思わず顔を見合わせると、私よりも先に恵美ちゃんが表情をポーカーフェイスにしてから口を開いた。


「なんですか? 今日は部活なかったですよね?」


 彼女のあからさまな棘をスルーして、瀬利先輩は続ける。


「うーん、じゃなかったら逃げられるかなと思ってさ。いやさあ、うちの部。今人がいないじゃん? でもあたしもそろそろ引退しないと駄目だしさあ。こりゃまずいなあと思って」

「はあ……」


 恵美ちゃんが乾いた返事をする中、私はおずおずと口を開いた。


「あの……今、部に人は?」

「色男がへーんな噂流れてるせいかさあ、部に人がいないせいで、文化祭の準備が全然はかどんなくって困ってんだよねえ。部から文化祭の実行委員会にふたりくらい出さないと駄目なのに、人がいなさ過ぎてそれもできないしさあ。だから戻ってきてくれない?」

「それ、身勝手だって思いません? だって篠山のあれって、あいつの自業自得じゃないですか。部の空気だって悪いしっ」


 瀬利先輩のマイペースな言葉に、当然ながら恵美ちゃんは噛み付いた。そもそも噂の元凶は瀬利先輩で、彼女からも篠山くんからも否定の言葉が聞けないから、怒ったり泣いたりして部に人が来なくなってしまったんだから。

 ……私は、辞めてしまった子たちのことを責めることは、どうしてもできなかった。事情がなかったら、私だって同じことをしていたと思うから。本当なら、恵美ちゃんみたいに怒るべきところなんだ、身勝手だとか、無責任だとかって。

 でも。私は篠山くんの家庭の事情を知っていた。

 彼の家は母子家庭で、うちの共働きと同じく、家事全般は彼がやっていたはずだから、今の部の現状じゃ彼に負担がかかり過ぎてるんじゃと思ってしまったのだ。

 いくら土日には家族がいるからって、土日に全部の家事を回すのは無理だよね。

 友達のよしみというのが半分、部に来ないせいで負担が一気に篠山くんにかかっているという罪悪感が半分。

 ……ここで部に戻ったら、少しは篠山くんが感謝してくれるかもしれないという下心がほんのちょっぴり。


「あの……篠山くん。今はどうですか?」

「ちょっと、やめときなってば由良!」


 恵美ちゃんが止めるのも聞かずに、気付いたらこの質問が喉をついて出ていた。

 それに瀬利先輩が目をくりくりとさせる。


「おっ、戻ってきてくれる気になったか、由良?」

「えっと……文化祭の準備に、教室の準備をするのがふたり、実行委員会に出向するのがふたりで、最低四人いれば、部は回るんですよね?」

「回る回る。うちはプラネタリウムだから、暗幕張りさえすればそれで作業は終わるし。部の展示の準備はふたりで事足りるし、出向メンバーさえ揃ったら文化祭もなんとかなるよ」


 瀬利先輩のその言葉に、私は恵美ちゃんをじっと見た。

 恵美ちゃんは瀬利先輩のことを本気で苦手視しているし、今回の篠山くんとの件で完全に敵視してしまっていた。彼女は彼氏がいるぶんだけ身持ちが固く、交際のことをはっきりとしない人間は皆不誠実認定してしまうのだ。……つまりは、恵美ちゃんは私が篠山くんに気があるのに反対な訳で。

 恵美ちゃんは私の目に、ぶんぶんと首を振る。


「あたし嫌だよ。わざわざ友達がいいように利用されるのを横で見るの」

「……お願い、私のわがままだよ。一緒に部に戻ろう?」

「……あいつ、人の好意を平気で踏みにじる奴だよ? ひどい奴だよ? 本当にいいの?」

「いいよ。これは全部私のわがままなんだから、篠山くんは関係ない」

「あんたのわがままは篠山のせいだってのに……わかったよ、戻ればいいんでしょ」

「ありがとう……っ!」


 私は恵美ちゃんに抱き着いて「暑い……!」の悲鳴を聞いていた。

 それを眺めながら、私は頭が痛くなっていた。

 なんて友達甲斐の人間なんだろう、私は。

 恵美ちゃんは何度も何度も、嫌われるの覚悟で本気で止めてくれていた。なのにふわふわしていた私は、ただ篠山くんに頼られたいというそれだけで、一度距離を取ろうと思っていたのに戻ってしまったんだから、本当に質の悪い大馬鹿だ。

 勝手に期待して、勝手に裏切られたと思って……勝手に事故で死んじゃった。

 そんな私のドロドロしている部分を、近藤くんは知らない。

 話せる部分はかろうじて話したけれど、私と篠山くんのことに関しては、どうしても私が死ぬまでの話まで語らないといけなくって、言える訳がなかった。そもそも、やり直しているなんてこと、どうやって説明できるっていうの。

 だんだんと視界がぼやけてきたのは、これが夢だからだろう。ううん、ここまではっきりしているんだから、これはただ私の記憶を再生しただけなのかも。

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