近藤くんが「はあ……」と溜息をついた。

 やっぱり。そうどこかで諦めが付いたとき、近藤くんは不愛想に口を開いた。


「それ、全然笑うとこじゃねえだろ。どう考えてもお前が告白した奴が悪い。なんでお前だけが一方的に悪いみたいになってんだよ。お前、自分のこと被虐し過ぎ」


 意外過ぎる言葉に、私はしばし目をパチパチと瞬かせる。


「え……だって。今はいない人だよ?」

「なんというかさあ。お前はお前で、勝手に自分は傷付かないポジションに居座るってその態度は気に食わねえけど、なあなあで済ませておいしいところ取りすんのも、結局は傷付きたくないからだけだろ。お前が告白したあともよその女にちょっかい出してるそいつも相当気に食わねえ」


 そうばっさりと切り捨てたことに、私は拍子抜けして、目を再びパチパチとさせた。そして大きな手で、私の手を握ってきた。

 まだ私の掌には体温が戻ってきてないのを、まるで揉み解すようにして柔らかく力を込めてくる。近藤くんの手は温かくて、すっかり冷え切ってしまっている私の手には心地いい。

 私の手を揉み解しながら、近藤くんは気遣わし気な目をする。


「ここまでトラウマになってんのに、なんでお前が謝るんだよ。そっちのほうがおかしいだろ」

「だって……いつまで経っても忘れられないから……私、自分のことしつこいって、そればっかり」

「なんだよ、忘れられないくらいひどいことした奴が悪いに決まってんだろ。俺だってしつこい性格だから、嫌いなセンセから言われたことなんていつまで経っても忘れないし、いつか絶対生徒の前でズラ引っぺがしてやるとか思ってんからな?」


 そう言ってきたことに、私は思わず噴き出した。生活指導の先生の中には、カツラだと噂されている先生がいるせいで、自然と頭に浮かんできてしまう。


「なんで、いきなりカツラの話になるの……!」

「いや、俺もしつこいなあと自己分析しただけで」

「全然。近藤くんは全然しつこくないよ……! むしろ健全過ぎて……」


 さっきまで落ち込んで、催していた吐き気も治まり、全然体温の戻らない掌にも、ようやく体温が戻ってきた。それに気付いたのか、近藤くんは何度も何度も私の指先を揉み込んでから、ようやく手を離した。


「おっし、ようやく笑ったな、佐久馬も」

「うん……ありがとう、近藤くん」

「別に。お前がうじうじしてんのは、なんか惜しいと思っただけだし。それにさ」


 そう言って近藤くんはふいっと顔を逸らした。また彼の耳が赤くなっているのに、私はあれ、と目に留めていたら、ぽつんと近藤くんが呟いた。


「……別にさ、お前が手ひどい失敗したのって、別に悪くねえと思うんだよな」

「……打算って思わないの?」

「もっと友達囲って相手追い詰めるとか、SNSでひどい目に合ったとか言って拡散させるとか、相手に仕返しする方法なんていくらでもあんだろ。でもお前はそんなことしてないんだろ? 痛いのが嫌って、そんなもん当たり前じゃねえのか? 武道だってまず習うのは受け身だし」


 近藤くんの言葉に、私はじんわりと胸が温かくなるのを感じた。

 彼は不愛想だし、無神経だし、悪いところだっていくらでも挙げられるけれど。

 なにかに対して一生懸命言葉を繋げることができるのは、素敵なことだなとぼんやりと思った。

 近藤くんは、「なんか、臭いこと言ったよな」と誤魔化すように頬を引っ掻いてから、フードコートの入り口のほうに視線を向けた。開いたばかりのフードコートは、まだ人の数もまばらだ。


「もうちょっとしたら混みはじめるけど、今だったら席取れるだろ。そろそろなんか食うか?」

「うん。なに食べよっか?」

「腹減ってるから、カツ丼かなんか食えねえかなあ」


 ふたりでフードコートを見回して、結局は近藤くんはカツ丼の特盛り、私はカツ丼の並盛りを頼んで、並んで食べた。

 フードコートも日々レベルが上がっているせいか、お店のようにサクサクでおいしいとんかつを味わえ、ふたりで並んで食べた。

 ドラッグストアで買い物してから、ふたりで適当にショッピングモールを見て回った。

 帰りに自転車を駐輪場まで取りに行くとき、山田くんに「あのさ、佐久馬」と言われ、私は振り返った。


「……お前のさ、トラウマ。どうにかなるといいな」


 一瞬意図がわからず、私は目を瞬かせながら、「うん」と頷いた。私の間抜けな反応に、近藤くんが一瞬顔をしかめたけれど、もう次の瞬間には自転車を跨いでいたから、もう表情の確認なんてできなかった。

 なんでそんなこと近藤くんが聞くんだろう。

 一瞬だけ、自分にとって都合のいい話が頭を掠めたけれど、それに私は真っ先に「NO」を突きつけていた。

 ……私が思っているぶんには、なんの問題もない。でもあっちも好きだって思うのは、どうかしている。

 ずっとズキズキと胸が痛いのは、私がわずかにも期待してしまったからだ。篠山くんは私のことを好きだと思い込もうとしたからだ。

 好きになるのは勝手だ。私の自由だ。でも。

 期待しちゃいけない。好きだと思っちゃいけない。近藤くんに勝手に期待して、勝手に傷付いて、また近藤くんに迷惑なんてかけちゃ駄目だ。だって。

 私の恋はいつだって身勝手なんだもの。そんな気持ちを近藤くんに向けちゃいけない。

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