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結果、近藤くんは一度は打ち返されてしまったものの、また取り戻したから、二対一で勝ち上がり。次の試合まで少し休憩したところで、私はようやく選手の皆にアイスを配りに出かけることにした。
うちの学校、たしかに運動部は強いらしく、剣道部もご多分に漏れず強い。団体戦も次の試合へとコマを進めたのに、私は怖々とクーラーボックスを抱えて挨拶に行った。
「お、お疲れ様です……!」
「あれ、一年の子……だよね?」
防具を取って、噴き出てくる汗をタオルで拭っている先輩は、たしかに前に剣道場で見た先輩のうちのひとりだったと思う。私がときどき近藤くんを見に行っていたから、顔を覚えられていたらしい。
私がアイスを配りたい旨を伝えたら、先輩はすぐに「お前らー、一年から差し入れだぞー!!」と大声で言い「あざーっす!!」と頭を下げられるものだから、私はビクビク震えながら、クーラーボックスを開けてアイスを取ってもらった。
私はアイスをひとつ持って近藤くんを探すと、近藤くんも防具を取ってペットボトルを傾けているところだった。私はひょいとパッケージごとアイスを差し出す。
「お疲れ様。あの、私。ルール全然わからないけど、すごかった」
「えー。ルールわかんないのにすごいってなんだよ」
「ルールわかんなくってもすごいって見てて思ったんだよ」
「ああ、サンキュ。アイスもな。ありがと」
そう言いながらパッケージをめくってアイスに齧り付いた。近付いてみると本当にこの辺りは湿気がむんむんしているし、たしかに冷たいアイスが余計においしく感じるのかもしれない。
私も湿気でパタパタと手を振っていたら、近藤くんがひょいと私が配ったアイスを差し出してきた。まだ少ししか囓っていない。
「ここ無茶苦茶暑いのに、お前の分ないだろ」
「いや、いいよ。私も別に、近藤くんの応援に来ただけだから」
「あのなあ。甲子園での高校野球でだって、観客も選手もバタバタ倒れてんだろ? 熱中症ってマジで怖いんだからな。ちゃんと水分摂っとけ、室内だからって油断すんな」
「え、でも……」
「ほら」
またもずいっとアイスを差し出されて、私はたじろぐ。
これって間接キスになるんじゃ……。友達同士でだったら平気でペットボトルの飲みっこだってできるけれど、男子と間接キスなんてしたことがない。
ただ、近藤くんが眉間に皺を寄せて「ほらっ」となおも差し出してくるし、熱気のせいでアイスも溶けかけているのを見たら、さっさとひと口食べて返さないと、近藤くんが食べられなくなっちゃうと、慌ててひと口もらうしかなくなったのだ。
シャクッとひと口囓ると、冷たさが喉を通っていく。本当に、暑い場所で食べるアイスはおいしい。
「ありがと……もう残りは近藤くんが食べちゃって」
私がそう言って近藤くんを見上げると、いつかのときと同じく、耳まで真っ赤に染まっているのが見えた。
……まさか、近藤くん。本気で間接キスだって気付いてなかったんじゃ。
こちらのほうを、先輩たちが生暖かい視線を向けてくるのがつらい。さっさと観客席のほうに戻ったほうがよさそう。
「そ、それじゃ。私もそろそろ、戻るから……」
「おい、佐久馬」
「はっ、はいっ……!」
私が脱兎しようとする前に、近藤くんはぶっきらぼうに言う。
「……絶対に優勝するから、見とけ」
「う、うんっ」
なにこれ。なにこれこの少年漫画みたいなのは。
私がパッケージを回収してそのまま観客席まで戻るまでの間、ヒューヒューと口笛が飛び、近藤くんは恥ずかしかったのか、単純に次の試合の順番が近いのか、すぽっと防具を被って顔を見えなくしてしまった。
気恥ずかしい中、私は試合に挑む近藤くんを見た。
鬼瓦先生の解説のおかげで、どうにか試合の流れもわかってきた。おかげでどこで声援を上げればいいのか、どこで拍手をすればいいのかもわかってきて、心の底から剣道の試合を楽しむことができた。
結果として、うちの学校は県大会優勝。近藤くんも個人戦を優勝し、インターハイにまで進めることができたのだ。
なんだろう、これ。すごい。有言実行だなんて。優勝旗が渡されるのを眺めながら、私は観客席でずっと手を叩いていた。
ようやく帰る用意をはじめたところで、私はようやく近藤くんに声をかけることができた。
「近藤くん! 優勝おめでとう! あの、すごかった! 本当に、すごかった!」
「おう、サンキュ。でもお前、ルール全然わかんないとか言ってただろ」
「鬼瓦先生が教えてくれたからわかったよ! でも、本当すごくって!」
「お前ぜんっぜん語彙ねえなあ」
「なんだろう、感激していると、言葉が本当に全然出てこなくって……!」
我ながらあまりにも頭の悪過ぎる感想だったけれど、近藤くんはまたも照れたように頬を引っ掻いて明後日の方向を向いていた。
「いや、お前が見に来てくれたのに、下手な試合はできねえし……まあ、佐久馬はマジでルールわかってないから、俺が下手な試合してもわかんねえかもしれないけど」
「か、勝ち負けはわかるよっ! 審判さんたちが旗上げるし!」
「いやそうなんだけどさ」
近藤くんはようやくこちらに視線を合わせて、にんまりと笑った。
まるで大型犬が牙を剥いたような、獰猛な笑みだったけれど、不思議と怖いとは思わなかった。
「ありがとな」
「……うん」
私はそのお礼に、何度も馬鹿みたいに首を縦に振っていた。
いつも、ふわふわしていたら、キスシーンが頭に浮かんで、吐き気がこみ上げてくるのに。初めて、キスシーンが脳裏に瞬くことも、吐き気が喉を迫り上がってくることもなかった。
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