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お父さんとお母さんには「友達の部活の応援に行きたい」と言ったら、拍子抜けするほどあっさりと「行っておいで」と言われてしまった。
「普段由良には家事やってもらってるし、土日くらい遊んできなさい」
そう言われて、お母さんが車を出して途中まで送ってくれた。
剣道の県大会は県立の体育館を貸し切って行われるものらしい。
クーラーボックスにアイスをいっぱい入れて持っていって体育館に入ったとき、四つのブロックに分かれて、そこで大会の準備が行われているのが見えた。
団体戦と個人戦。ふたつのブロックで団体戦が、もうふたつのブロックで個人戦が行われるらしい。女子と男子はそれぞれ別の体育館らしくって、ここでは男子しか見つからなかった。もっとも、胴着着て防具付けちゃったら、端からだと男女の区別なんて付けようがないけれど。
私がきょろきょろとうちの学校を探していたら、「佐久馬さん?」と声をかけられた。鬼瓦先生だ。それに私はぺこりと頭を下げる。
「こんにちは! あの、差し入れを持ってきたんですけど……」
「ああ、ちょうど今から試合始まるから、こっちで見ておいで」
「ええ? いいんですか?」
「この辺りはうちの生徒たちが固まってるから、問題ないよ」
そう鬼瓦先生が言うので、ちらっと見る。
なるほど、胴着や防具は付けてないシャツと短パン姿だけれど、たしかにスポーツバッグを持って座っているのはうちの学校の男子らしい。試合には参加しない子たちなのかな。
私は邪魔にならないように座って、下を見た。
下ではうちの学校の団体戦が。向こうでは個人戦が見える。
皆がそれぞれお辞儀をしているのを見たとき、ふいに個人戦の男子がひとり、うちのほうに振り返ったことに気付いた。防具にはうちの学校の名前が入っている。そして、竹刀を持っていないほうの手を挙げたのだ。
あれ、もしかして……。
鬼瓦先生はのんびりと口を開いた。
「近藤も調子に乗っているから。ちゃんと見てないと怪我するのに」
「えっ……! 防具付けていても、ですか?」
「竹刀は割れやすくできているから、ちゃんと防具に当たれば怪我はしないけど、打ち所が悪いと誰だって怪我するよ」
「えっ……!」
そんな当たり前なことすら知らなかった私は、おっかなびっくり近藤くんの試合を凝視した。
審判の人が旗を挙げたのだから、試合がはじまったのだろう。
皆が皆、気合いの入った声を上げながら、なかなか打ち合いがはじまらないのを見ている。
「あのう、竹刀振らないんですか? さっきからずっと声を上げながら回ってますけど……」
「剣道はね、間合いを見る競技だから」
鬼瓦先生がゆったりと解説してくれるのを聞きながら、私は近藤くんを見ていた。ここからだと少し遠いけれど、互いが睨み合いながら、ぐるぐると回っているのが見える。
やがて、相手側のほうが大きく打ち込んできた。それを近藤くんが受け止める。もっと打ち合うのかと思ったけれど、何回か鍔競り合いをしたあと、またもぐるぐると周りはじめてしまった。
「あの、このまま打たないんですか? ええっと、面とか胴とか」
聞きかじりの言葉を言うと、鬼瓦先生は軽く首を振る。
「剣道は三本勝負だから、先に決め技を二本決めたほうが勝ちなんだよ」
「ええっと……?」
「さっきの鍔競り合いで、もうちょっとでどちらかが打ち込みそうになった。だからまた間合いを取ったんだよ。ここからじゃわかりにくいかもしれないけど、互いに相手の次の行動を読み合って、今は勝機がないとわかったから、もう一度間合いを空けたんだよ。でももうそろそろ勝負は決まるよ」
「そうなんですか?」
鬼瓦先生の言葉に、まだ勝敗がわかってない中、ふいに空調の風が吹いた。この辺りも熱気や湿気がこもっていてムンムンしているから、その風がありがたかった。
そのとき。近藤くんが動いた。彼の大きな突きが、相手の胸を客席にも聞こえるほど大きな音を立てて打ったのだ。途端に、白旗が近藤くんのほうに上がった。
「わっ!」
「うん、見事な胸打ちだね」
「すごい!」
わかってないなりに、今の近藤くんの技がすごかったことだけはわかった。結構間を空けていたはずなのに、技が決まったのはあっという間だったから。
私が思わずパチパチと手を叩いている中、他の部員たちがやんややんやと喝采している中、鬼瓦さんは隣に座っている私にしか聞こえない程度の声でつぶやく。
「園芸部活中も、近藤もしょっちゅう機嫌悪くってピリピリしてただろ」
「ええっと……そんなことないです」
「別に怒ってないから、誤魔化さなくってもいいよ。。勝負事になったらどうしても喧嘩っ早い子が集まるから、空気を抜くために園芸場に連れて行ってるけど。あれも最初は同級生だけだったらともかく、上級生とまで折り合いが悪かったからねえ。そんな態度ばかり取るんじゃ、とてもじゃないけど団体戦には出せないし、だからといって個人戦で他校の生徒とまで揉めてしまっても困るし、大丈夫かねえと心配してたけど。佐久馬のおかげで大分マシになったねえ」
「え、私……ですか?」
思えば。たしかに近藤くんは最初、好きでもない園芸部の手伝いで終始機嫌が悪かった。私も他に入れる部がないから辞めることもできないし、ずっと部活中はピリピリしていたと思う。
私はただ、怖くて勝手に泣いただけで、近藤くんのためになにかしたことなんてなかったと思うけど。
ただただ首を傾げている中、鬼瓦先生はゆったりと笑う。怖い顔も、笑えば存外優しく見える。
「若いっていいねえ」
そう締めくくられるけれど、本当に心当たりがないものだから、そうなのかなとしか思えなかった。
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