次の日、私はいつものように早めにやってきて、園芸場の草木に水をあげていた。そろそろ日差しがきつくなってきたから、朝に加えて夕方も水やりをしないといけなくなるだろう。

 私がホースを細く持って水をあげているところで、「おはよう、今日も早いな」と声をかけられた。近藤くんも胴着姿で、既に汗のにおいがするんだから、充分早起きだ。


「おはよう。もう大会が近いんだから、先生だって園芸部の手伝い、許してくれるんでしょう?」

「いや、そりゃそうだけどさ」


 そう言ってこちらのほうを見てきた。

 私も近藤くんも、そんなに言葉数がない。沈黙が降りて、その中でホースから水が飛ぶ音だけが響いている。


「あの、近藤くん。唐揚げ好き?」

「はあっ?」


 あまりにも脈絡なさ過ぎる言葉に、近藤くんは声を裏返して反応を返してくれた。そうだよね、私だって会話の前後と全く関係ない話だと思うもの。だいたいの土がしっかりと湿ったのを確認してから、ようやく水を止めてホースを立てかける。


「昨日、肉が安かったから、唐揚げつくり過ぎちゃったの。ええっと、友達に配るのも、嫌がられそうだし……」


 多分恵美ちゃんも奈都子ちゃんも、私がタッパに詰めてきた唐揚げを見たら、すぐに食べてくれるとは思うけど。

 私がたどたどしく並べる言葉に、近藤くんはしばらくポカンと黙り込んだあと、「おう」と頷いた。えっ、これって……。


「食う」

「あっ、ありがとう……っ」

「いや、俺。女子からその。食い物もらうの、初めてで……」


 そう言ってしどろもどろになっている近藤くんに、私は笑った。


「桑の実ジャムは駄目だった?」

「いや、あれは。まあ……美味かった。うん、楽しみ」

「片言になってるよ」


 さんざん笑ったけれど、私だって恥ずかしい。

 言い訳並べて取っておいたタッパを近藤くんに渡したあと、剣道部の試合の時間と場所の確認を取ってから、私たちは別れた。

 心臓がうるさい。ジャムだったらまだ文化祭のための試食だと言い訳ができたけれど、唐揚げだったら言い訳が全然できない。男子が好きそうという理由だけでつくって、それを渡したのなんて。近藤くんにはつくり過ぎたなんて嘘ついたけれど、こんなの端から見たら下心なんて見え見えだもの。

 ああ、情緒不安定だ。まさか言えないじゃない。

 言う気はないけれど、好きでいさせてくださいなんて。好意がそのまんま通じてしまわなくってよかった。本当によかった。私はそう思いながら、教室へと帰っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る