天体観測の傍らで

天体観測の傍らで


 天体観測というイベントに興味を持つ人間は多かった。


 自然科学部に加入していないメンツでさえも、その日は一日学校に残って、そうして夜のその時までくだらない時間を過ごす。


 顧問は少し不義理なそんなメンツでさえも、人数が多ければ楽しいということで、適当な茶道室を借りて、そこに自然科学部の連中と、なんとなく乗り気になって参加したそれ以外の連中をそこに押しこむ。俺はどこかそれが不満でしょうがなかった。


「……不満?」


 部長は俺に問いかけた。


 長い髪で目元を隠している。それなのに、大きく開く眼球は髪を通してもよく見えてしまう。それに戸惑うのを彼女にバレないように、俺は視線を逸らして頷いた。


「だって、あいつらは……」


 特に話したことのない連中ばかりだ。体育祭や文化祭、合唱祭などでは重要になりがちな空気の盛り上げ役ではあるけれど、そこだけ見ても単純に『楽しい』という気持ちを味わうためだけにやっているだけだ。きっとこれが勉強会、という名目だったのなら、彼らはここには来ないだろう。


 傍らにいる彼らを視界に入れる。


 彼らはスマートフォンのアプリで自然科学部の連中を巻き込んで、一緒に遊んでいる。画面をタップして、何か引っぱるような動作をしているから、きっと協力系のゲームで遊んでいるのだろう。がやがやと騒ぐ様子が鬱陶しい。別に彼らのことは嫌いではないのだけれども、もう少しくらい落ち着きをもってほしいのだ。


「しょうがないよ。天体観測なんて、ここ数年やってなかったって言うし」


 ──自然科学部が設立したのは、今年の春からのことだった。


 もともとは生物同好会という名目で発足された小さな部活動……、というか部活動にも値しない小集団だったわけだけれども、部長の勧誘のおかげもあって、翌年には自然科学部が成立した。顧問という立派な監督役も捕まえて、彼女は時間をかけて、現在の環境をなしえたのである。


 だからこそ、不満がたまる。


 彼女の行動を無碍にしているわけではないが、彼女に対して、みんなどこか不義理だ。顧問は人数が多ければ多いほどいい、というけれど、こうなるんだったら生物同好会のままでもよかったような気がする。


 あからさまに溜息を吐く。それが彼らに聞こえていたのかどうかはわからないが、横にいる彼女については苦笑していたから、俺の苦悩については理解してくれたかもしれない。


「おーい、焚火やるからこっち来てくれー」


 そんなタイミングで顧問が茶道室に顔を出して、そう声をかけてくる。


「焚火だって」


「まあ、そうだな」


 彼女はその言葉に、行くよね、という文言をつけ足して俺を見つめた。行くに決まっている。俺は立ち上がった。


 他のメンツは空返事だけして、またスマートフォンの画面を見つめなおした。その中には自然科学部の連中も含まれているはずなのに、まるで興味ない、というのを主張しているようにも感じる。


 ……溜息を吐いた。無意識的に。


 それを見て部長は、また苦笑した。





 周辺にあった木々に関しては生木ばかりだった。生木には水分が含まれており、だいぶと燃えるまで時間がかかる。


「いやあ、木炭を買おうかとも思ったんだけどね。こういうのも風情じゃん?」


 顧問はそう言った。でも、単純に顧問の資金面での不足が問題なのではないだろうか、と俺は心の裏側で疑っていた。


 顧問は、いろんな部活をかけ持ちしている。その理由としては、かけ持つことによって部活動担当者として、ある程度給与にボーナスが入るからだ、と以前本人に聞いたことがある。


 自然科学部は今年設立されたからこそ、部費というものは存在しない。なんなら、部長自身が部費はいらない、と断言したからこそ成立したようなものだから仕方がない。そうしなければ、部活として認められる環境ではなかったのだ。


 生物同好会、もとい自然科学部のやっていることは単純。生き物の飼育について。主に魚類をはじめとした生物の飼育。だから、釣りなどに興味を抱いている連中がこの部活に入って、適当な時間を過ごしている。


 本来であれば、部費で水槽などを買ってもいいのかもしれないが、もともと生物室に使われていない水槽があったから無問題。そこからなにか部費を使う事情も存在しなかったので、そこまで部費を必要とする環境はなかったのだ。


 今回に至ってもそれだ。


 顧問に金を出してもらわなくとも、そこらにある生木から始めれば、ある程度の新鮮な体験ができる。そんな考えから彼女は顧問が木炭を持ってこなくても肯定している。


 いや、わからない。ここら辺は単純な俺の推測でしかなかった。


「……におい、きついね」


 彼女は木をあぶりながらそう言った。


 とりあえず、適当な新聞紙や枯れ葉などを集めて、そこから着火している。それが生木の水分を枯らすほどに燃えれば都合がいい。でも、発生する独特の燃えた臭いは目に染みるほどにキツい。


「仕方ないってやつだろ。ここから始める焚火もなかなかないし」


「そうかもね」


 彼女は苦笑した。俺はそれを見て、また適当に木々を探す旅に出た。





 地面に枯れて落ちた枝は、相応に燃えるかもしれない。そんなことを考えて、焚火の元に放り投げたけれど、その成果はあまりなかった。


 でも、火についてはだんだんと大きくなってきている。その原因について聞くと、「先生が着火剤放り投げたんだ」と部長が説明してくれた。


「そりゃあ危険だな」


「危なかったです。めっちゃ、ぼう! ってなりました」


 彼女の少し緊迫した顔を見ると、可笑しくて笑いそうになる。というか笑ってしまった。


 俺が笑うと、膨れたような表情をして、何がおかしいか、と問うように睨みつける。俺はその視線には応えなかった。


「……あっ」


 彼女が一息の声を漏らした。


 何かに気づいた様子。もしくは思い出した様子。


「ちょっと、持ってきてほしいものがあるんだ」


 彼女はそう言って、俺を使ってそれを持ってこさせようとした。





 向かった場所は、自然科学部の拠点となっている生物室。今のところ誰かがいる様子はない。それもそうだ、あいつらは茶道室でひたすらにサボっているんだから。


 夜になって、太陽は下がりつつある暗い空間に火をともすように電燈をつける。人工的な明るさが視界を刺激した。


 少しの酩酊に似たような明暗のギャップ。視界に光が焼き付くのを認識して、その戸惑いを受け容れながら、空間を見渡す。


 彼女に言われたのは、生物室の後方あたり。水槽とは別に、虫の標本や、もしくは花壇を畑として育て上げた野菜を収穫したものが並べて置いてある、ひとつのジャンルと言えるコーナー。


 そこにあったのは。


「なるほど」


 俺は一人で勝手に納得して、そうしてそれらを腕で抱え込んだ。


 ついでに、アルミホイルもポケットに差し込んで。





「かご使えばよかったのに」


 彼女は、俺が腕に抱えたさつまいもの量を見て笑った。俺はかごがあることに気づかなかったから、一瞬彼女が言っていることを理解できなかったけれど、理解した瞬間に、それがあったならそうした、と返す。互いに笑うしかなかった。


 生木は燃え上がっていた。目に染みる空気がそこにある。


 そこからの流れは簡単だった。そこに至るまでも簡易的な流れだったとは思う。


 適当に彼女の近くにあった新聞紙を開くように目配せして、その上にさつまいもを転がす。


 彼女はその中でとびきり大きいやつを二つ選んで、近くにあった水道で適当に洗い流す。俊敏な動きだった。


 俺がポケットに差し込んでいたアルミホイルを勝手に取り出して、それらを一つ一つ丁寧に巻き上げていく。


「……新聞紙は使わないのか?」


 俺がそう聞くと、彼女は「あっ」と声を漏らした。きっと、食べることに対しての意識が向きすぎていたのだろう。彼女は赤面した。


「ま、なんとかなるだろ」


 俺は彼女がつつんださつまいもを、そうして焚火にくぐらせる。落ち葉で存在を秘匿するようにして。


 まだ、さつまいもは二つだけ。


「他のやつはやらないのか?」


 俺が抱えてきたさつまいもは、大小のばらけはあるものの、相応の数がまだ残っている。


「……二つだけでいいんだよ」


 彼女は悪戯っぽい笑みをして俺にそう返す。


 彼女が言うなら、それでいいんだろう。


 俺は、彼女の隠し事に付き合うことにした。

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天体観測の傍らで @Hisagi1037

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