第64話 街案内魔族

 ──1か月後。


 無事に公的な手続きを済ませ正式に留学生として魔王領に降り立った俺たちを出迎えたのは見覚えのある胡散臭い笑顔と見知らぬ美女だった。


「ンンンンン、お二人とも長旅お疲れさまでした」

「もしかして、テンが言ってた案内役ってお前のこと?」


 事前にテンからは数日間は案内役がつくとの知らせが届いている。


 が、まさかアシだとは思わないでしょ……こいつがおとなしく案内するとは思えないんだけど。


 俺の懸念をよそにアシは大仰に腕を振り一礼する。


「今回魔王様より案内役を仕りました。アシ・ニトクリスでございます。ああモチロン儀礼的な挨拶ですよ?」


 忘れるなんてそんな、とほほ笑みながら面を上げる。


「そんな、顔しないでくだされ。ビター・ビートルでも食いました? 安心してくだされ。今回はもう一人案内役を用意しておりますのでね。私よりは信用できますぞ」


 自分で言うなよ。


 サーカスの支配人が自慢の動物を見せびらかすようなアシの動作とともに一歩前に出たのは、細身の女性。


 現代のゴスロリのような立体感のあるスカートの上で手を組み絡繰りのように腰を折り、礼をする。


「同じく案内役を仕りましたガラテアと申します。魔王城では新設された工業省の大臣も担当しております。どうぞよしなに」

「よろしくお願いします」


 ガラテアと名乗った女性は寸分たがわぬ動作で頭の位置を戻すと肩をくすぐるほどの髪だけを揺らして後ろを向いた。


「では、案内を開始します。よろしいですか?」

「ンンンンン? いつの間にか主導権を取られてしまいましたな。行きますぞヴィル殿」

「頼んだ」

「お願いします」


 俺らを振り返ることはせずに魔王城の城下町の入口へコツコツと歩いて行ってしまう。


 生気が薄いというか、人形みたいな方だな。

 歩いているときでも二足歩行特有の上下の揺れが少ない。

 かといってゴスロリ衣装ですり足している珍妙な姿なわけでもない。


 隣を歩いていたマルタが顔を正面に向けたまま、ささやいてくる。


「兄様、あの方は?」

「初めましてだな。工業省が新設されたのは聞いてたけど大臣の名前までは知らされてなかった」


 それに加えてブレヴァンのキャラってわけでもない。

 完全なこの世界オリジナルの存在。


 ……なぜ本編のキャラがここまで登場しない?

 アシにガラテア、本来はいないはずのイレギュラーオリジナルが2人も登場してしまっている。

 決して魔王領のキャラが少ないわけじゃない。本編の後半のほとんどは魔王領侵攻のストーリーだ。人間に負けず劣らず、魔族のキャラクターも多数存在する。


 しかし、本来本編のキャラクターが担ってもいい役割にオリジナルが組み込まれてしまった。


「ィル殿、ヴィル殿!! 大丈夫ですかな? もうすぐ吾輩の広背筋と熱い接吻を交わすことになりますが」

「そうなったらお前の背中に風穴開けるから安心しろ。ごめん、考えに夢中だった」


 目の前に迫ってくる暑苦しい背中を押しのけ、マルタの隣に戻る。


「何か懸念点でも?」

「いや、懸念ってほどじゃない。でも気は引き締めておいてくれ。ここは他種族の暮らす他国だからね」


 そう忠告する俺の横を魔族の少年が駆け抜けていく。


 魔族の首都は以外にも人間の街との差異は小さかった。

 いわゆる中世風の密接した石造りの家が通りを造り、軒先にはちらほらと露天商が大声で商品の宣伝を行っている。

 人間の街との差異で言えば、時々浮遊している建造物に出会うことぐらいか。


 入り口から続く通りを抜けた先にある噴水も、頂点のテンの彫刻が元気に空中を走り回っていた。


「ここがいわゆる中心広場ですね。魔王城への道もここに続いております。また南東に向かえば魔法関連の工房が、西には我々の住宅のようなものが並んでおります。まあ、もともと人間が住んでいた建物のリサイクルですので魔族によっては少々狭いですけど」

「ここってもともと人間が住んでいたんですか!?」


 ガラテアはマルタにゆっくりとうなづき返すと続けた。


「もともとは魔王領のほとんどはあなた方の王国の領土でした。戦争の結果、領土を拡大した我らがあと入りでこの街を城下街としたのです。ちなみに魔王城は後付けですね」

「動かせるのですぞ。あの城。地脈の上であればどこへでも行ける移動要塞に仕立て上げましたので」

「アシさんが!?」

「ンンンンン、その反応を待っておりました!! ええ!! 吾輩、多彩なれば城の設計など──」

「うるさいので置いていきましょう」

「ンン無慈悲!!」


 天を仰ぐアシを置き去りに、俺たちは魔王城へと続く坂道を登っていった。


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【あとがき】


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