第63話 賭けることが安全策

「交換留学でもしようか」

「留学、ですか? それも交換で?」


 マルタの問いに頷き、続ける。


「そう。こちらから何人か留学に出して、代わりに魔族の留学生を受け入れる。表向きは俺が言っている魔族と人間との共生の第一歩にしか見えないだろうね。でも、正式な国と国の間での交換留学なら必ずと言っていいほど上層部が絡んでくる。それに留学生が俺やマルタクラスとなれば要人が出てくるのは想像できるだろ?」

「まさか……兄様が行かれるおつもりですか?」

「もちろん。俺が留学しないとテンはともかく他の魔族は出てこないだろ?」


 ですが……とマルタが口ごもる。

 他の面々も皆そろいもそろって心配そうな表情をしていた。


「暗殺とか、誘拐とか懸念する事項も多いのは理解している。だけど、俺の命と国を左右する間者の特定と妨害。どちらが大事かはわかるでしょ?」

「兄様の命が大事です」


 即答だった。

 こちらをにらみつけるようにしてマルタが顔を上げる。


 珍しく怒っているようだった。


「もう少し一国の王になった自覚をなさってください。兄様はこの国の代表であり国民団結の象徴として扱われているのです。そのような人間が、たかが間者ごときで命をさらすような真似をしないでください」

「だけど、よく考えてみろ。俺に危害が加えられても、国民が危機に瀕しても責任を取るのはどちらも俺一人だ。だったら多くの人数を救えるほうを選ぶのが上に立つ者の思考だろ? まあ、そもそも死ぬような場面には首を突っ込まないつもりだけど」


 別に本質的な考えが変わったわけじゃない。ただ、『生き残る』という言葉の適用範囲が俺個人から国にまで広がっただけ。


「それに今、魔族で俺を殺そうと思うやつは限りなくゼロに近いと思うぞ。魔王ともアシとも親交のある人間を殺すにはそれこそ魔王領から脱出するほどの覚悟が必要だ。中央集権的な今の魔族にそんな覚悟をもって暗殺できる奴はいないとおもうけどね」

「そういう話ではなく!!」


 マルタは勢いよく机を叩いた。


「私っ、私は!! そんな簡単に兄様の命を扱いたくないのです! 兄様はもう少しご自身の命を大事にしてください!! たった一人の妹からのお願いです!!」


 彼女の目は研磨したての宝石のごとく潤んでいた。


 彼女からすれば今までの俺の行動もこれからの行動も俺自身の命を軽視しているように見えてるんだな。


「基本的に俺は自分の命大事に行動してる。俺が生き残るためにマルタを連れ戻したし俺が生き残るために自ら魔王領に向かおうとしてんだ。それに、丸腰で魔王領に向かうわけでもない」


 じっと動かずにこちらの状況をうかがっていたイレリアに目を向ける。


「空間を裂く方法を教えてくれ。お前ができるってことは人間でも可能なんだろ? あのチート移動」

「可能よ」

「だったら教えてくれ。留学前には身体に覚えさせたい」

「報酬は?」

「魔王領産ブランデー20本」

「引き受けた」

「えっ、ええ……?」


 マルタが目を丸くしている隙にとんとん拍子で話が進んでいく。


「これで『逃げ』の手段は確保したとして……あとは法的拘束力でも持たせるか?」


 便箋を取り出しつらつらと文字を書き連ねていく。


「心配してくれるのは嬉しいし、俺だって対策を重ねなきゃ命なんて死んでも張りたくない。けど、ちゃんと練った最善策と信じるモノなら喜んで身体を預けるね。だってそれが一番死なない手段だから」

「ですが……」

「もちろんマルタの主張も理解してる。でも、その主張は動かせる人間が多い君主にしか適用できない。信用で来て有能な人間が少ない以上、君主が動かざるを得ないんだよ」


 いまだに腑に落ちていない様子のマルタだったが、フルフルと首を振ると大きくため息をついた。


「そうではないんですけど……わかりました。その代わり! 私もついていきます。いいですね?」

「もちろん。レイア、これを魔王領まで届けさせてくれ」

「私だったら一瞬だけどいいの?」

「いや、イレリアじゃなくていい。中を見られたところで何の弊害もないよ」


 かしこまりました、と腰を折ってレイアが足早に去っていった。


 ☆


「ってなことがあってね。いいタイミングで来てくれたよ」

「なんで我はファンダイク邸ここに来てまで仕事しなきゃいけないんじゃあ!!」

「諦めてくれ。予告だけだから」

「いやじゃ!! いやじゃ!! 仕事から逃げてきたのに~!」


 交換留学の会議をした翌日、ふらっと俺に部屋に来てたテンをひっとらえて応接室に来させた。


「だから、今はただ告知するだけだから!!」

「でも、帰ったら仕事増えてるってことじゃろ!? そんな残虐行為認められるかぁ!!」


 この後、すねたテンをなだめるだけで夜が明けた。


─────────────────────────────────────

【あとがき】


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