第62話 馬鹿でも獣は引き際をわきまえている
「さあ、ノーガードだ。殴り合いしてやるよ」
「何がノーガードだ貴様ァ!! 動きづらいだろうがァ!!」
鬼の形相で公爵は大剣を地面に突きたてる。
「『魔力鎧』! クソッ!! こんな薄っぺらいのじゃ意味ねえんだよ!!」
「勝手に吠えてろ」
魔力の鎧を再生しようと力を込めている公爵に肉薄し、ゼロ距離から風魔法を放つ。
「ぐがッ……!!」
くの字に吹き飛んだ公爵の口から黄色い液体が飛び散る。
衝撃波に沿うように鎧が砕け散り赤黒い腹が表出した。
「なん、でッ……!!」
「ノーガードだって言っただろ?」
腹を押さえ身をかがめている公爵の頭にもう一発風の弾丸を叩き込む。
「純粋な魔力出来てるお前の鎧はもう出てこねえよ。大気中に飽和する量ギリギリまで魔力を満たしているからな。あんたが魔法を無効化する理屈と一緒だよ」
魔法は魔力を実体に変換して放っている。
しかし、放たれた魔法は完全に魔力から変換されているわけではない。
肉体から離れるにつれて魔法は実体から魔力へと徐々に分解されていく。
そのため普段使用している魔法は実体の周囲に魔力が放出されている状態で発動されている。
公爵の魔力鎧はその実態に付随している魔力を弾くことによって魔法の着弾位置をずらし威力を激減させているという理屈だろう。
しかしその魔力鎧が大気中の魔力によって発動できない以上、魔法が効かないということはなくなる。
「鎧なくなっただけで弱気か? そのくらいの覚悟はしとけよ」
みぞおち付近に土魔法を叩き込んでいく。
数発発射した段階で手のひらの皮がむけ血が滲み出した。
さすがに高濃度の魔力ってものも人体に害あるんだな。
「早めに終わらせるぞ」
「負けねェ。絶対負けねェんだよ! 俺はァ!!」
振り絞るように公爵はそう漏らすと、性懲りもなく距離を詰めてくる。
おそらく体質のせいで公爵は魔法が発動できない。
近接戦闘しか勝ち筋がないのも事実だ。
お返しと言わんばかりの拳が俺のみぞおちめがけて放たれる。
が、間を縫うように出現した土魔法の壁に阻まれる。
咄嗟に引き戻した公爵の拳は見るからに赤くなっている。
どうやらあの魔法鎧は身体強化も担ってるみたいだ。
「幕引きだよ。公爵。案外早かったな」
「ああ、終いだよォ!! つまらん小細工のせいでなァ!!」
公爵は後ろに跳ね俺から距離を取ると思い切り息を吸い込んだ。
「お前らァ!! 撤退だ!!」
「させるか……!!」
すぐさま地面を蹴り肉薄したが、遅かった。
公爵の背後を切り刻むように空間に亀裂が走る。
明らかに、それは、魔族特有の移動手段だった。
「今度は俺の闘技場で再戦しようや!! まだ負けてねえ!!」
「待てッ!! お前、どこでそれを……!!」
伸ばした手の先、数センチのところで亀裂の修復が完了する。
残されたのは、
お椀型ステージと、ボロボロに崩れた正門だけだった。
☆
執務室の空気は珍しく俺の肩にのしかかった。
マルタもレイアも、騒ぎを聞きつけて駆けつけたイレリアも皆、うつむいていた。
公爵を撃退できたのになんとも寝覚めが悪い。
それもそうだ。共同開発等、協力して事業を進めようとした矢先、敵方である公爵が空間の亀裂を使用して逃げたのだ。
ちなみに『ヘカテ』にいたアシは戦いが収束する前にはもう去っていたらしい。
「それで? これからどうするのよ」
イレリアの鋭い視線が刺さる。
「確実にあり得ない選択は、このまま魔王領と縁を切ることだ。今のファンダイク領にとって共同開発品は唯一、貿易戦争で手札となる要素だ。今さら破棄することはできない」
「でも、魔王領には少なくとも王国側と手を結んでいる輩がいるわけでしょ?」
「別に無策で関係を続けるわけじゃない。策は講じるさ」
そもそも同盟を結んだではい味方です、とはなるわけがない。
同盟以前の関係はそのままだろうし、国王側に間者を送り込んだり、裏切り者を仕立てたりというのは対立状態にある国家として当然の行為ではある。
「必ず避けなければいけないことは、こちらの政治的内情が国王側に漏洩することだ。今の平穏は俺たちが魔王領と手を組んでいるのかそれとも他の人間の国と手を組んでいるのか不明だからこそ生まれている。この前提を崩したくない」
「どうしましょう? こちらも偵察隊を送り込みますか?」
いや、偵察隊のようなプロは逆に警戒される気がする。
かといって素人を秘密裏に要人に接近させることは難しい。
加えて偵察隊の存在がバレでもしたらそれだけで国際問題まで発展させられる可能性もなる。
同盟破棄という最悪の事態は避けたいが国王側の間者の存在も確かめたい。
この二つを叶える策が、あれば……。
「一つ試す価値はある策があるんだけど」
隠れるのが不可能ならば堂々とすればいいのだ。
「交換留学でもするのはどうだ?」
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