第58話 『友好』は異種族間のほうが好みらしい
酒と汗と加齢臭でコミケ並みの雲ができそうだった店内に比べると夜の大気は心の底が洗い流されるようなほど凛と澄んでいた。
「話って?」
「ンン、もったいぶらずに言いましょうか。あなた、なぜ会議に出席されたんです?」
「自分の性格を振り返ってから言え。お前みたいな詐欺師まがいの奴が相手だと普通に心配だったんだよ」
「ですが、吾輩が出席するのは当日まで知らなかったのでは?」
正面から飛んできた正論が出かけた言葉を打ち砕いていった。
酒場のバルコニーに腕を乗せるアシの表情には、珍しく弄ぶかのような笑みがのっていなかった。
「心配だったんだよ。ギルドマスターの誰よりも年下の俺が言うのもなんだけどさ。彼らにとって、魔族が敵であるという認識は生まれる前、先祖の代からの常識だろ? 魔族との会議が穏便に進むとは思ってなかったんだよ」
「ンンンンン、まあその恐れはありましたなァ。交易があるとはいえ、友好と敵対では年数が違いましたからな。まァ、吾輩としては仲良しこよしでありたいとは思っていましたがね」
と、アシは晴れやかな笑顔を向けてくる。
胡散臭え。ただただ胡散臭い。
仲よしイコールダンジョン内で殺すとかだろどうせ。
「ンンンンン、どこからどう見ても疑っている顔!! 本当ですぞ? 吾輩何度か王国側に出向いてますぞ?」
ほら、と空間の亀裂から取り出したのは一本のエール瓶。
ラベルには生産地である王国の都市名が記載されていた。
「魔王領は麦が育ちませんからな!! これで王国に来たことは証明されたでしょう?」
「別にそこまでしろとは言ってないけどな」
「それだけ吾輩は人間に好奇心を抱いているということです! まァ、人間に会うたびに兵士を呼ばれてさんざんな目に会いましたがな」
それでも興味は尽きませんでしたがね、と笑うアシは、とても楽しそうだった。
ああ、こいつは馬鹿だ。底抜けの愚者なのだ。
単なる好奇心だけで、自らへの被害を顧みず、興味の対象を殺すこともいとわない。
恐ろしいほど、素直。
「ある意味お前が魔族側の代表でよかったよ」
「ンン、そうですとも! やっと気づいてくれましたか!」
「うるささだけどうにかしてほしいけどな」
「ンンなんと!? これほどまでに誠実に人間と交渉できる魔族は吾輩以外存在しませんぞ!?」
「はいはい。俺は中に戻るから」
「ンンンンン、おいていくなんて寂しいこと言わないでください!!」
俺を追い越していってしまったアシの背中には先ほどよりも楽しそうな雰囲気が乗っているような気がした。
☆
翌朝、宿に俺宛の手紙が届いていた。
「ンンンンン、清々しいほどまぶしい朝ですな!!」
「うるさいし、勝手に人の部屋に入ってくんな変態」
「ンン、吾輩魔族ではありますが、変態しないのですよ」
蛹から蝶になるほうの変態の意味で使ってねえよ。
朝からプライベートの概念をぶち壊しに来たアシを適当に追い出しながら、便箋を開く。
差出人は……マルタか。
『いろいろ省略します。
兄様、ファンダイク邸には戻らず、できれば魔王領までお逃げください』
全身の血流がスッと冷却される。
逃げろ? 助けてじゃなくて?
不穏な雰囲気を醸し出す文面に張り付いてしまった視線をはがすように読み進めていく。
『ファンダイク邸は包囲されました。
相手は、マルス・ア・ラーシ公爵。国王の側近の方だそうです。
兄様と決闘できるまで包囲を続けるとのこと。
1週間は耐えられますので、心配しなくても大丈夫です。
マルタ』
いたな……そんなやつ。
ブレヴァンの闘技場を運営してたやつだっけ。
「アシ」
「はい!! いかがされましたかな!?」
「今すぐファンダイク邸まで送ってくれ。すぐ帰ってくる」
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